51番札所「石手寺」の寺名は、四国遍路の元祖「衛門三郎」の再来伝説に由来しています。
境内には多くの建造物や仏像がある文化財の宝庫で、観光ガイド「ミシュラン」の1つ星にもなっているほどです。

「へんろ橋」を渡って巨木に抱かれた参道には「mohenro chaya」「五十一番食堂」

50番札所「繁多寺」を出発し、急坂を下って平地に戻り、住宅街を右折左折を繰り返してぬうように進み、県道40号に出てしばらく進むと、派手な装飾がされた橋を渡って、51番札所「石手寺」へと歩を進めます。

「石手寺」の門前で多くのお遍路さんが渡るため「へんろ橋」と名付けられています。ごつごつした岩が連なる「石手川」の景色も見ものです。

「石手寺」の門前で多くのお遍路さんが渡るため「へんろ橋」と名付けられています。ごつごつした岩が連なる「石手川」の景色も見ものです。

「へんろ橋」を渡って、道の正面突き当りの巨木に抱かれるように「石手寺」があります。

「へんろ橋」を渡って、道の正面突き当りの巨木に抱かれるように「石手寺」があります。

石手寺は札所では珍しく敷地内参道に仏具店や飲食店など多くのお店が軒を連ねています。
その中でもおもしろいお店を2軒簡単にご紹介します。

1軒目は「mohenro chaya(もへんろ茶屋)」です。
「四国遍路」とマンガ・アニメ・コスプレなどのサブカルチャーの融合を構想する「おまいりんぐ(Oh! my ring)」という斬新な取り組みがされており、「mohenro chaya」はそのコンセプトショップ&カフェで、普段の札所の雰囲気とは異質な空気を感じられると思います。
既存の「四国遍路」のイメージからはぶっとび気味ですが、おもしろい取り組みの数々や、私も参考にさせてもらった遍路情報がWEBサイトで紹介されていますので、ぜひご覧になってみてください。

おまいりんぐ WEBサイト: http://oh-my-ring.com/

札所には異質な感じもしますが、斬新な取り組みを体感してみるのも良いと思います。個人的には、「四国遍路」を新しい視点で見ることや新しい取り組みは大賛成です。

札所には異質な感じもしますが、斬新な取り組みを体感してみるのも良いと思います。個人的には、「四国遍路」を新しい視点で見ることや新しい取り組みは大賛成です。

 

2軒目は「五十一番食堂」です。
うどんや中華そばなど麺類を中心にした食事ができる食堂なのですが、名物は店先で焼かれている「やきもち」です。
その昔、農家の人々が石手寺に奉納したお米を有効活用するために米粉にして「やきもち」を作ったことが始まりとされ、「五十一」の焼印がおされる「石手寺」の名物ですので、糖分補給が必要な歩き遍路さんはぜひお試しあれ。

参道脇の店先で、焼き立てを食べることができます。白とよもぎの2種類があり、かなりそそられます。

参道脇の店先で、焼き立てを食べることができます。白とよもぎの2種類があり、かなりそそられます。

 

四国遍路の元祖「衛門三郎」再生伝説のお寺

「石手寺」の縁起によると、神亀5年(728年)に伊予国の太守「越智玉純(おちのたまずみ)」が霊夢に二十五菩薩の降臨を見てこの地を霊地と悟り、熊野十二社権現をまつり、それが聖武天皇の勅願所となり、天平元年(729年)に行基が薬師如来刻んで本尊として安置して開基、寺名は「安養寺」とされました。

その後、平安時代となり、寺名を「石手寺」と改名するきっかけになったのが、空海に懺悔するために四国をまわったことで四国遍路の元祖といわれる「衛門三郎」です。
※「衛門三郎」に関しては、以下リンクの記事で詳しくご紹介していますので、こちらもぜひご覧ください。

「焼山寺」からの下りでは、四国遍路の元祖「衛門三郎」を偲ぶ【杖杉庵(じょうしんあん)】

四国遍路の元祖「衛門三郎」の「邸宅跡」と「納札発祥の地」【別格9番札所「文殊院」・「札始大師堂」】

23回目の巡礼でようやく空海と出会うことができた衛門三郎ですが、すでに病で命が尽きる間際で、「来世には河野家に生まれ変わりたい」と空海に託し、空海は衛門三郎の左手に「衛門三郎再来」と書いた石を握らせたそうです。
それからしばらくたった寛平4年(892年)に河野氏に生まれた子どもが左手を固く握って開こうとしないので、「安養寺」の僧が祈願をしたところやっと手を開き、「衛門三郎」と書いた石が出てきたことから、この子を衛門三郎の再来として、石は「安養寺」に納めたられ「石手寺」に改名したそうです。

ということで、「石手寺」は「衛門三郎」と関わりが深く、「衛門三郎」関連の史跡がいくつかあります。

境内入口には巡礼をしていた「衛門三郎」の様子をあらわす像があります。

境内入口には巡礼をしていた「衛門三郎」の様子をあらわす像があります。

「衛門三郎再来伝説の石」は、境内の右手方向のガルダ像が目印の「宝物館」に展示されていました。

「衛門三郎再来伝説の石」は、境内の右手方向のガルダ像が目印の「宝物館」に展示されていました。

そして、私が参拝した2015年2月は四国霊場開創1200年記念で、四国霊場88ヶ所のお砂ふみをして「衛門三郎再生祈願」を行っており、特別に衛門三郎の納経をすることができました。

山門をくぐって右手の三重塔まわりで「衛門三郎再生祈願」のお砂ふみが実施されていました。

山門をくぐって右手の三重塔まわりで「衛門三郎再生祈願」のお砂ふみが実施されていました。

この三重塔の左後にお大師さまがいらっしゃるのがわかりますか?このお大師さまに関しては、以下リンクの記事で紹介していますので、こちらもぜひご覧ください。

この三重塔の左後にお大師さまがいらっしゃるのがわかりますか?このお大師さまに関しては、以下リンクの記事で紹介していますので、こちらもぜひご覧ください。

「石手寺」参拝後は裏山「奥の院」から日本一の高さの「日中友好弘法大師像」を臨む遍路道【石手寺→道後温泉】

 

「国宝」の「山門」をはじめ文化財の宝庫のお寺はミシュラン1つ星

「石手寺」の見どころといえば、境内にある無数の建造物や仏像で、「国宝」になっている「山門」をはじめ、「重要文化財」も多く、それらを見物しにお遍路さんだけではなく、たくさんの観光客が訪れます。
松山の観光名所である日本三大古湯のひとつ「道後温泉」から徒歩圏内であることも観光客誘客にプラスにはたらいており、世界的に有名な観光ガイドブック「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」で1つ星を獲得するほどの観光地としても評価が高いお寺です。

そのうちいくつかを写真でご紹介します。

参道商店街を抜けた先の「山門(仁王門)」は鎌倉時代1318年建立で「国宝」に指定されています。重層入母屋造本瓦葺で屋根の反り具合が大きく手を広げた力士のごとき堂々としたたたずまい。

参道商店街を抜けた先の「山門(仁王門)」は鎌倉時代1318年建立で「国宝」に指定されています。重層入母屋造本瓦葺で屋根の反り具合が大きく手を広げた力士のごとき堂々としたたたずまい。

石段の上の「本堂」は国指定重要文化財。石段途中の三鈷杵や住職直筆の書がインパクト大です。

石段の上の「本堂」は国指定重要文化財。石段途中の三鈷杵や住職直筆の書がインパクト大です。

これまた重要文化財の「三重塔」の右隣の袴腰造の「鐘楼」も重要文化財で、住職しかつくことができない鐘がぶら下がっているそうです。

これまた重要文化財の「三重塔」の右隣の袴腰造の「鐘楼」も重要文化財で、住職しかつくことができない鐘がぶら下がっているそうです。

「本堂」から右方向の「大師堂」にまわり、境内をぐるりと取り囲むように建造物が配置されている中に、写真の重要文化財「護摩堂」があります。

「本堂」から右方向の「大師堂」にまわり、境内をぐるりと取り囲むように建造物が配置されている中に、写真の重要文化財「護摩堂」があります。

このほかにも無数の建造物や仏像があり、とてもご紹介しきれませんので、ぜひご自分の目で確かめてみてください。
出会ったお遍路さんに聞いた話で余談ですが、これだけお堂や仏像が多く、そのそれぞれにお参りができるということは、浄財をする機会もそれだけ増える、ということで、八十八ヶ所霊場の中で、もっとも浄財箱の数が多い札所らしいです。
全て参拝していたら、時間もお金もけっこうかかってしまいます。

 

このように、51番札所「石手寺」は見どころがたくさんあり、観光地としても賑わっているお寺ですが、歩き遍路さんと関わりが深い「衛門三郎」ゆかりのお寺でもあるので、数々の建造物や仏像とともに、「衛門三郎」の存在も意識をして、散策してみてください。

 

【51番札所】  熊野山 虚空蔵院 石手寺(くまのざん こくぞういん いしてじ)
宗派: 真言宗豊山派
本尊: 薬師如来
真言: おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
開基: 行基菩薩
住所: 愛媛県松山市石手二丁目9番21号
電話: 089-977-0870

 

スポンサーリンク

 

pilgrim-shikoku-logo_set 四国遍路情報サイト「四国遍路」 TOPページに戻る


The following two tabs change content below.

ごんのすけ

お遍路さん初心者です。  2015年1月20日(火)に1番札所を出発し、2015年3月1日(日)に41日間で88番札所で通し歩き結願を果たすことができました。 2015年4月12・13日の2日間で、開創1200年で盛り上がる高野山にお礼参りにも行ってきました。 自身の通し歩き遍路体験を元にお役立ち情報を発信しています。