四国遍路情報サイト「四国遍路」
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さとうきび畑が広がる街に残された中務茂兵衛標石【5番札所「地蔵寺」→6番札所「安楽寺」】

スポンサーリンク   徳島県における和三盆糖の産地・上板町。さとうきび畑や製糖工場を見ることができる同町の遍路道沿いに、中務茂兵衛の標石が残されています。
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傷ついた標石は中務茂兵衛50歳の時に建立したもの【10番札所「切幡寺」→11番札所「藤井寺」】

第10番切幡寺を下山して四国三郎・吉野川へ向かう道中。川の土手はもうすぐ近くというところに、少し傷ついた中務茂兵衛標石が残されています。   あなたにおすすめ    四国遍路情報サイト「四国遍路」TO
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淀川河川改修時期にそこで暮らしていた方々が寄進した標石【40番札所「観自在寺」→41番札所「龍光寺」】

愛媛県最初の札所・第40番観自在寺から次の第41番龍光寺へは距離約48kmと、八十八ヶ所の中でも長い道のり。その札所間の終盤、三間盆地へ向かって県道57号を登る道中に中務茂兵衛標石が残されています。
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建立月日まで記されている、道引大師前の標石【42番札所「仏木寺」→43番札所「明石寺」】

第42番仏木寺から遍路ころがし・歯長峠を越えて第43番明石寺へ行く道中、番外霊場の道引大師堂前に中務茂兵衛標石が残されています。建立月日まで記されている珍しい標石で、この地域との不思議なご縁を感じるエピソードもあります。
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かつての港町の賑わいを想像することができるやや大きな標石【88番札所「大窪寺」→3番札所「金泉寺」】

第88番大窪寺、それから奥の院與田寺と来て徳島県へ向かうお遍路さんが通るこの場所は、かつて風待ち潮待ちを行う船の入出港で賑わった引田。港町であり県境の街でもあるその街への入口に、中務茂兵衛の標石が残されています。
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四万十川最後の渡しは今も細々続いているようです【37番札所「岩本寺」→38番札所「金剛福寺」】

人は川や海の上を歩くことはできません。昔の四国遍路は、四国各所の水辺で渡し舟を利用していました。四国第二の大河・四万十川(渡川)を渡る際も同様。四万十川で最後まで残った河口の渡し舟は、かつてお遍路さんも利用していました。
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四万十川渡し場分岐に残された中務茂兵衛標石【37番札所「岩本寺」→38番札所「金剛福寺」】

高知県の第37番岩本寺から第38番金剛福寺への約90kmの道のりは、その札所間距離自体が難所といえるほど離れています。四万十川河口に近いこの地点は、かつて難所であったであろう「川渡し」を超えた先にある三叉路。中務茂兵衛標
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五台山の麓に残された標石は、京都の中心で暮らす人物によるもの【31番札所「竹林寺」近く】

第31番竹林寺がある五台山から下山した地点。五台山小学校の角に金枠で補強された中務茂兵衛標石が残されていますが、石に刻まれている情報を読み解くと、京の中心で暮らす人物の寄進であることがわかります。
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吉野川土手で見ることができる復旧された標石【10番札所「切幡寺」→11番札所「藤井寺」】

第10番切幡寺から第11番藤井寺への遍路道では、途中で四国一の大河・吉野川を渡ります。その北岸土手に上がる地点に、中務茂兵衛標石が残されていますが、他の場所の標石とは少し様子が異なります。
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