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四国遍路の語源となった地域由来の標石【9番札所「法輪寺」→10番札所「切幡寺」】

スポンサーリンク   第9番法輪寺を出ると、次は第10番切幡寺。ここまで平坦地にある札所が続きましたが、次の切幡寺は333段の階段が待ち受けます。そこへ向かう道中に中務茂兵衛標石が残されています。
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最古参の標石は他では見ることができない個性の宝庫【8番札所「熊谷寺」→9番札所「法輪寺」】

「田中の法輪さん」こと第9番法輪寺。その呼び名通り、田圃が広がる中にお寺があり、田園遍路道に中務茂兵衛標石が残されています。一般的に見ることができるものより少し小さな標石ですが、他では見ることができない特徴があります。
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遍路道分岐点の新旧様々な道案内の中にある中務茂兵衛標石【8番札所「熊谷寺」→9番札所「法輪寺」】

札所間が比較的近い第8番熊谷寺と第9番法輪寺。通常徒歩30分程度の距離ですが、一箇所曲がらなければいけない交差点があり、ここでは新旧様々な道案内が、お遍路さんが道を迷わないように知らせています。
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旅人の難渋を救った駅路寺・長谷寺と金刀比羅神社【撫養街道-自転車散歩4】

江戸時代の徳島藩には旅人に宿泊の便宜を図る「駅路寺」という独自の制度があり、阿波五街道全部で八か所のお寺が指定されていました。その駅路寺の一つである長谷寺とお寺の横に鎮座する金刀比羅神社を訪れました。
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撫養の町を一望する妙見山【撫養街道-自転車散歩2】

お遍路始まりの地、撫養港にシンボル的に存在する標高62mの妙見山。江戸時代の半ばまでは、その山頂に「撫養城」があり、現在は妙見山公園として整備されている城跡には、石垣跡や豪商が建立した妙見神社があります。
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山中に潜行したキリシタン大名【別格7番札所「金山出石寺」への遍路道】

南予は海を隔てて九州と向き合う位置柄、そちらからの影響を多分に受けてきた地域です。別格7番札所出石寺へ向かう遍路道で見ることができるキリシタン史跡は、旧領奪還の夢が儚く散った、公家出身の戦国大名ゆかりの場所です。
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四万十川最後の渡しは今も細々続いているようです【37番札所「岩本寺」→38番札所「金剛福寺」】

人は川や海の上を歩くことはできません。昔の四国遍路は、四国各所の水辺で渡し舟を利用していました。四国第二の大河・四万十川(渡川)を渡る際も同様。四万十川で最後まで残った河口の渡し舟は、かつてお遍路さんも利用していました。
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四万十川渡し場分岐に残された中務茂兵衛標石【37番札所「岩本寺」→38番札所「金剛福寺」】

高知県の第37番岩本寺から第38番金剛福寺への約90kmの道のりは、その札所間距離自体が難所といえるほど離れています。四万十川河口に近いこの地点は、かつて難所であったであろう「川渡し」を超えた先にある三叉路。中務茂兵衛標
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吉野川土手で見ることができる復旧された標石【10番札所「切幡寺」→11番札所「藤井寺」】

第10番切幡寺から第11番藤井寺への遍路道では、途中で四国一の大河・吉野川を渡ります。その北岸土手に上がる地点に、中務茂兵衛標石が残されていますが、他の場所の標石とは少し様子が異なります。
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