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源平合戦の舞台となった地に残されている標石【84番札所「屋島寺」→85番札所「八栗寺」】

スポンサーリンク   順打ちで第84番屋島寺から急坂を下ってきた地点。下山して右に曲がる場所に保存状態が良く、字の判別が容易な中務茂兵衛標石が残されています。
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20代で寄進を行った兵庫県の名士による標石【34番札所「種間寺」→35番札所「清瀧寺」】

第34番種間寺を出て第35番清滝寺へ向かう道中。このエリアで数多く見られる用水路を渡った地点に兵庫県の名士の寄進による中務茂兵衛標石が残されています。   あなたにおすすめ    四国遍路情報サイト「
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国会議員を務めた人物によって建てられた標石【64番札所「前神寺」→65番札所「三角寺」】

標高465mの高所にある第65番三角寺を目指して、登るその山が見えてきた辺り。旧来の遍路道をたどってくると、兵庫県の名士が建立に関わったこの石が現れます。
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地域の伝統文化が生んだ「わらマンモス」【伊予石城(愛媛県西予市)】

第43番明石寺がある西予市宇和町は宇和盆地に広がる標高200m前後の高原の街。そこに突如現れる稲藁のマンモスが地域の方々や訪れる旅人に親しまれています。
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第43番明石寺手前の野球場外野部分に立つ中務茂兵衛標石【42番札所「仏木寺」→43番札所「明石寺」】

宇和島街道の宿場街・卯之町(うのまち)。往時の街の賑わいはこのエリアで見ることができる標石の多さからも偲ぶことができます。第43番明石寺手前の野球場外野部分に、移設されたであろう標石が立っています。
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延光寺入口に残されている二百度超えの中務茂兵衛標石【39番札所「延光寺」近く】

地元では親しみを込めて「寺山」と称される第39番延光寺。その入口にあたる場所に、中務茂兵衛二百三十七度目の四国遍路で建立された標石が残されています。
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土佐街道を越えて来た旅人が目にする中務茂兵衛標石【65番札所「三角寺」→66番札所「雲辺寺」】

奥の院・仙龍寺からの遍路道を含む、土佐街道を越えて来た旅人向けに標石が立てられている場所があります。川之江の街の眺めが良いこの地は、かつて存在した旅篭を通じて様々な旅人が出会う場所だったかもしれません。
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かつてこの場所に茶店や旅籠があったことが分かる石板【別格13番札所「仙龍寺」近く】

奥の院・仙龍寺への下りが始まる地点にある不動堂前に中務茂兵衛寄進の石板があります。ここから遍路道は急坂下りですが、それに挑む前にご覧いただきたい内容が刻まれています。
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奥の院への入口にあたる場所に残されている大きな標石【別格13番札所「仙龍寺」近く】

第65番三角寺から奥の院(仙龍寺)を目指して山越え。峠を下ってこの場所まで来ると、寺院が近い実感を得ることができます。山中のこちらの区画に中務茂兵衛標石が二基残されています。
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奥の院と呼ばれる番外霊場へ道が続くことを知らせる標石【65番札所「三角寺」境内】

山門へ続く長い階段が印象的な第65番三角寺。ここから更に山を越えると奥の院と呼ばれる番外霊場へ行くことができますが、そのことを告げる中務茂兵衛標石が本堂前に残されています。
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