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札所名が二ヶ寺ずつ四ヶ寺記されている標石【85番札所「八栗寺」→86番札所「志度寺」】

スポンサーリンク   第85番八栗寺から下山して少し歩いた場所にある道の駅。多くのお遍路さんはそちらでお手洗いなど休憩を取られるのではないでしょうか。そこを出発してすぐの場所、国道11号交差点付近に中務茂兵衛標
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線路敷地内に残されている古びた標石【84番札所「八栗寺」→85番札所「志度寺」】

第85番八栗寺から山を下りてくると、JR・ことでん・国道11号と交通大動脈が一堂に会する地点に出てきます。その中のJR高徳線の敷地内に古びた中務茂兵衛標石が残されています。   あなたにおすすめ  
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元祖大阪で暮らす施主によって寄進が行われた標石【84番札所「屋島寺」→85番札所「八栗寺」】

江戸時代に四国八十八ヶ所の原形を定めたといわれる真念の墓所がある洲崎寺。その外塀部分に下部が埋もれている中務茂兵衛標石が存在します。
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源平合戦期に讃岐國に置かれた臨時の皇居【安徳天皇社(香川県高松市屋島)】

第84番屋島寺からの下り遍路道を下りた地点に、第81代安徳天皇が祀られている神社があります。一時的とはいえ、讃岐のこの地に臨時の皇居があったと考えることができます。
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源平合戦の舞台となった地に残されている標石【84番札所「屋島寺」→85番札所「八栗寺」】

順打ちで第84番屋島寺から急坂を下ってきた地点。下山して右に曲がる場所に保存状態が良く、字の判別が容易な中務茂兵衛標石が残されています。
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中務茂兵衛標石と現存する戦後間もない頃に制定された道路標識【70番札所「本山寺」→71番札所「弥谷寺」】

第70番本山寺から第71番弥谷寺の間は讃岐國の遍路道の中では比較的距離が長いこともあり、中務茂兵衛標石を頻繁に見ることができます。三豊市役所近くのこの場所は石の他にも古い道路標識が残されています。
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現在とは異なる東京の姿を考察することができる標石【70番札所「本山寺」→71番札所「弥谷寺」】

第70番本山寺から第71番弥谷寺に向かう旧道のため池近く、奥には善通寺五岳山の一部が見えるロケーションに立つ中務茂兵衛標石。こちらの石からは、現在とは随分違う東京の歴史を知ることができます。
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国道11号旧道で見ることができる京都の人物による標石【70番札所「本山寺」→71番札所「弥谷寺」】

四国の大動脈である国道11号から一本入った旧道沿い。分かれ又に中務茂兵衛標石が残されています。京都の施主によるもので、香川県内西讃地域とのつながりも想像する標石です。
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伊予水軍ゆかりの姓を見ることができる標石【70番札所「本山寺」→71番札所「弥谷寺」】

第70番本山寺を出て国道11号に合流する手前。現在は駐車場として使用されている土地の角に、中務茂兵衛標石が残されています。当地近くの施主による標石で、伊予水軍ゆかりの姓やこんぴらさん、添句など記載内容が多いのが特徴です。
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大師誕生の地への近道が記された本山寺石門前の標石【70番札所「本山寺」石門前】

第70番本山寺の境内東側に位置する石造りの門。駐車場がこちらの方角にないので、自家用車やバス遍路で寺を訪れるお遍路さんはあまり目にしない場所ですが、この門の前に中務茂兵衛標石が残されています。
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