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58番札所「仙遊寺」は、40年ほど寺に籠った仙人が忽然と姿を消した伝説が寺名の由来になっています。
歩き遍路にありがたいお大師さまの「御加持水」と天然温泉付き「宿坊」があり、「通夜堂」でのうれしいお接待もあるようです。

「仙遊寺」への登山は「山門」をくぐってからが勝負

57番札所「栄福寺」から、「犬塚池」のほとりを通って、58番札所「仙遊寺」がある「作礼山(されいざん)」山頂を目指して歩いてきました。
登り坂途中では、瀬戸内海の絶景を眺め、苦しいながらも楽しみながら、ようやく「仙遊寺」の「山門」に到着です。
※57番札所「栄福寺」から58番札所「仙遊寺」の「山門」までの道のりの様子は、以下リンクの記事をぜひご覧ください。

遍路案内犬の供養池「犬塚池」を通り、作礼山から「今治市街」と「しまなみ海道」を一望【57番札所「栄福寺」→58番札所「仙遊寺」】

「山門」にたどり着き、ようやくお寺に着いたと思ったら大間違いでした。

「山門」にたどり着き、ようやくお寺に着いたと思ったら大間違いでした。

車遍路さんは「山門」の前をそのまま車で通り過ぎて、車道を進んでいたのですが、歩き遍路道は「山門」をくぐってお寺の参道に入るルートですので、それに従って進むと、これがなかなかの難所でした。

「山門」からはお寺の境内なので、よく整備された石段道ではあるのですが、かなりの急角度。ここまでの舗装路急坂で体力を消耗していた分、石段に一歩一歩を踏み出すのがしんどかったです。

「山門」からはお寺の境内なので、よく整備された石段道ではあるのですが、かなりの急角度。ここまでの舗装路急坂で体力を消耗していた分、石段に一歩一歩を踏み出すのがしんどかったです。

そして、「山門」から距離約400m、標高差約40mの急坂を登りきると、どこかで見た光景に遭遇です。

お大師さまに後ろから「こんにちは」

お大師さまに後ろから「こんにちは」

「山門」をくぐって石段を登るのが、本来は表参道のはずなのですが、おそらく歩き遍路ぐらいしかこのルートを進まないので、境内の参拝者に向いて「弘法大師像」を安置したのだと思います。
同じようなパターンは、徳島県の18番札所「恩山寺」でも経験していたので、あまり驚きませんでした、というか、このような経験ができるのも歩き遍路の特権だと思います。
※18番札所「恩山寺」の様子は、以下リンクの記事もぜひご覧ください。

お母さん想いのお大師さまに後ろから「こんにちは」、の後に希少遍路道【18番札所「恩山寺(おんざんじ)」】

 

仙人が忽然と姿を消した伝説と竜女が彫った千手観音菩薩像の伝説

58番札所「仙遊寺」の縁起によると、飛鳥時代にさかのぼり、「天智天皇」の勅願で当時の国守であった「越智守興(おちもりおき)」が、作礼山の山頂にお堂を築いたのが創建とされています。
その後、奈良時代にかけて、現在の寺名「仙遊寺」の由来ともなった伝説の出来事がありました。
飛鳥時代の終わりから、「阿坊仙人」という修行僧が、養老2年(716年)までの約40年間お寺に住んでおり、諸堂を整えたと伝えられているのですが、その後忽然と姿を消し、その様子がまるで雲と遊ぶかのようだったとのことから「仙遊寺」と名付けられたといわれているそうです。

また、御本尊の千手観音菩薩像にも伝説があり、竜女が海から竜登川を伝って作礼山に登り、一刀刻むごとに三度礼拝し、何日もかけて千手観音菩薩像を彫ったというのです。
その後、毎年旧暦の7月9日になると、決まったように竜燈が竜登川を伝って作礼山を登り、お寺にある桜の木にかかったといわれているそうです。
この伝説は、海洋信仰との結びつきが強いようで、竜燈は船の道を示す灯台の役割を果たし、古代の修験道では、修験者が海が見える山頂から海を礼拝したそうで、山のお寺でありながら、海の信仰の地であったという話は興味深く、山を登ってくるときに見た瀬戸内海の眺めが一層意義深いものに感じました。

1947年に山火事に遭い消失し、1953年に昔のままの姿に再建されたという「本堂」では、仙人と竜女の伝説を思い浮かべてみてください。

1947年に山火事に遭い消失し、1953年に昔のままの姿に再建されたという「本堂」では、仙人と竜女の伝説を思い浮かべてみてください。

昔の人々は、山の上から海の安全を祈っていたのだと思います。それにしても「作礼山」からの瀬戸内海の眺めは格別でした。

昔の人々は、山の上から海の安全を祈っていたのだと思います。それにしても「作礼山」からの瀬戸内海の眺めは格別でした。

 

地元の人々に愛され続けるお大師さまの「御加持水」

「仙遊寺」にはさらにお大師さまの伝説も残っており、空海が四国霊場開創時に「仙遊寺」で修法された際に、地域住民が疫病に苦しんでいたことから、錫杖で井戸を掘り、その水で住民を疫病から救ったとのことです。
その井戸が、山門と境内の間の急坂石段の途中に今も残っており、枯れることなく湧き続け、霊験あらたかな「御加持水」として、地域住民は元より、遠方から水を求める人もいるそうです。

水を汲みにきていた地元の方がいらっしゃって、急坂石段を何本ものペットボトルを詰めた袋を両手に持って下りてこられます。お手伝いしようかと声をおかけしたのですが、私の方がしんどそうに見えたのか、丁重にお断りされ、逆にあたたかい応援のお言葉をいただきました。

水を汲みにきていた地元の方がいらっしゃって、急坂石段を何本ものペットボトルを詰めた袋を両手に持って下りてこられます。お手伝いしようかと声をおかけしたのですが、私の方がしんどそうに見えたのか、丁重にお断りされ、逆にあたたかい応援のお言葉をいただきました。

これが井戸なのですが、ぱっと見たときは、どこから水が湧いているのかわかりませんでした。

これが井戸なのですが、ぱっと見たときは、どこから水が湧いているのかわかりませんでした。

先ほどの写真の地元の方に教えてもらって、井戸に蓋がされていることがわかり、少しとろみすら感じるまろやかな「御加持水」でのどを潤しました。

先ほどの写真の地元の方に教えてもらって、井戸に蓋がされていることがわかり、少しとろみすら感じるまろやかな「御加持水」でのどを潤しました。

 

屈指の評判を誇る天然温泉付き「宿坊」と野宿遍路さんにありがたい「通夜堂」

「仙遊寺」といえば、お遍路さんの中では有名な「宿坊」があります。
近代的な建物で設備が良く、天然温泉のお風呂まであり、しかも四国霊場の宿坊では意外に珍しい「精進料理」を食べることができるとのことで、とても良い評判の宿坊なのです。
四国遍路のお礼参りに参拝した「高野山」のお寺宿坊では、「精進料理」が名物になっていて、これを食べるために泊まるという人もいるぐらいですが、四国の札所宿坊では、どちらかというとがっつりパワーが付きそうな食事を提供してくれることが多いです。
※私が経験した宿坊に関しては、以下リンクの記事もぜひご覧ください。

心遣いがうれしい宿坊で精進料理に舌鼓を打つ【高野山「成福院(じょうふくいん)」】

満腹になる食事と充実設備の宿坊で朝のお勤めは清々しき【37番札所「岩本寺」宿坊】

「仙遊寺」の「宿坊」の建物は、ただ近代的な建物なだけではなく、爽やかでセンスの光るデザインだと思います。

「仙遊寺」の「宿坊」の建物は、ただ近代的な建物なだけではなく、爽やかでセンスの光るデザインだと思います。

 

また、「仙遊寺」には「通夜堂」も用意してくださっていて、「通夜堂」泊でも「宿坊」の天然温泉のお風呂を利用させていただけるお接待もあるとのことです。
私はお昼ごろに「仙遊寺」に到着したので、「宿坊」「通夜堂」は利用しなかったのですが、お遍路さんの宿泊拠点としてもたいへんありがたいお寺ですので、タイミングが合えば、利用させていただくとよいと思います。

おまけですが、駐車場でこんなラッピングカーを見つけました。副住職が積極的にいろいろな場所でお砂踏み活動をされているようなので、それに使われているのかな?

おまけですが、駐車場でこんなラッピングカーを見つけました。副住職が積極的にいろいろな場所でお砂踏み活動をされているようなので、それに使われているのかな?

 

58番札所「仙遊寺」への登山は骨が折れますが、数々の伝説あり、「御加持水」や「宿坊」「通夜堂」「天然温泉」と癒しありのイベント盛りだくさんのお寺でもありますので、ぜひ楽しんでみてください。

 

【58番札所】  作礼山 千光院 仙遊寺(されいざん せんこういん せんゆうじ)
宗派: 高野山真言宗
本尊: 千手観世音菩薩
真言: おん ばざらたらま きりく
開基: 越智守興
住所: 愛媛県今治市玉川町別所甲483
電話: 0898-55-2141

 

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ごんのすけ

お遍路さん初心者です。  2015年1月20日(火)に1番札所を出発し、2015年3月1日(日)に41日間で88番札所で通し歩き結願を果たすことができました。 2015年4月12・13日の2日間で、開創1200年で盛り上がる高野山にお礼参りにも行ってきました。 自身の通し歩き遍路体験を元にお役立ち情報を発信しています。