伊予國最後の65番札所三角寺は平石山の中腹の標高430m地点にあり、舗装路急坂を登る難所寺です。お大師さまが三角の護摩壇を築き「降伏の秘法」を施したとされるお寺です。
伊予國最後の都市「四国中央市」の長距離を歩いて「伊予三島」へ
新居浜市から「関ノ戸峠」を越えて四国中央市に入りましたが、65番札所三角寺前の拠点都市「伊予三島」まではまだ約20kmの距離があり、旧讃岐街道をひたすら西に進んでいきます。
道中には、別格12番札所延命寺があったりはしますが、立ち寄りスポットが少なく、ずっと舗装生活道路で、ここは精神鍛錬ができる我慢の道のりになりました。
※「延命寺」と道中の様子は、以下リンクの記事もぜひご覧ください。
【別格12番札所延命寺】千枚通し霊符の「土居のいざり松」の横には野宿可能な東屋
私は伊予三島に到着したのが夕方だったので、三角寺参拝は翌日にして、高速道路「三島川之江IC」近くの「スーパーホテル四国中央」に宿泊しました。
このホテルは三角寺に進んでいくのに便利な場所にあり、天然温泉大浴場付き、周辺に商業施設が多く、使い勝手のよいオススメホテルです。
※参考に施設詳細情報リンクをはっておきます。
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長距離舗装路歩行の疲れをとって、翌日の三角寺参拝に備えました。
標高430m、舗装路急坂を登る難所「三角寺」
伊予國最後の65番札所三角寺は、平石山中腹の約430mにある山寺で、距離約3kmの間に標高0mから登っていく急坂が待ち受けている難所です。
私は「三島川之江IC」方面からお寺にアプローチしましたが、多くの歩き遍路さんは「戸川公園」経由で未舗装遍路道を通るようです。
※戸川公園はトイレ・水がある休憩拠点でもありますので、参考に地図を掲載しておきます。
【四国中央市「戸川公園」 地図】
私が通った舗装路は車遍路さんが車で進むメインの道路で、以下写真で様子をご紹介しますが、舗装路山道は往々にして歩く想定で設計されていないので、未舗装路に比べて角度がきつく、三角寺への登り道もある意味想定通りではありました。
急坂道を登りきった先の駐車場には、何組かの車遍路さんがいらっしゃって、「あの角度の道をよく歩いて登ってくるね」と驚かれました。
車遍路さんに歩きの苦労を労われることはよくあることですが、車に乗っている人も急角度に感じる三角寺の舗装路坂道は、特にきつい坂道だと思います。
特別な事情がない限り、歩き遍路さんは戸川公園からの未舗装遍路道を進むのがよいように感じました。
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三角の護摩壇で「降伏の秘法」が寺名の由来
これまた急角度の石段をのぼると山門がお出迎えしてくれますが、これが珍しい鐘楼を兼ねた山門です。
遍路初日に宿泊させていただいた6番札所安楽寺の「鐘楼門」を思い出しました。
※安楽寺の「通夜堂」に関しては、以下リンクの記事もぜひご覧ください。
【6番札所安楽寺・通夜堂(鐘撞堂)】巨大な鐘の下で寝る貴重な体験
ちなみに三角寺境内には大きな東屋があり、お寺に申し出をしてここで野宿をさせていただくことも可能とのことです。
65番札所三角寺の縁起によると、奈良時代に聖武天皇の勅願により行基菩薩が弥勒の浄土を模して具現するために開創したと伝えられており、その後平安時代に空海がこの地を訪れた際に、三角の護摩壇を築いて21日間、国家の安泰と万民の福祉を祈念して「降伏護摩の秘法」を修法され、この護摩壇の形が寺名の由来になったとされています。
この護摩壇の跡が庫裡と薬師堂の間にある「三角の池」の中の島として現存しているそうなのですが、私は見逃してしまいました。
安産子安子宝の観音様
御本尊の十一面観世音菩薩は、「安産子安子宝の観音様」としても親しまれており、妊婦がお寺から授かった「杓子」を出産の際に床下に置くと安産のご利益があるといわれており、出産後は新しい杓子をもってお礼参りをする習慣があるそうです。
また、子宝に恵まれない場合は「しゃもじ」を授かって、家でそれを使って夫婦仲良く食事をすると子宝に恵まれるともいわれています。
65番札所三角寺で、伊予國「菩提の道場」は打ち納めです。
4県の中で最も多い26ヵ寺を参拝し、難所の山寺、近代的なお寺、霊場屈指の古い歴史を持つお寺、などなどそれぞれのお寺に特徴があり、たくさんの勉強もさせていただきました。
愛媛県内の札所はまわりきりましたが、次の香川県に入るまでの遍路道にはまだ一山二山が待っていますので、気を引き締めなおして先に進みました。
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【65番札所】 | 由霊山 慈尊院 三角寺(ゆれいざん じそんいん さんかくじ) |
宗派: | 高野山真言宗 |
本尊: | 十一面観世音菩薩 |
真言: | おん まか きゃろにきゃ そわか |
開基: | 行基菩薩 |
住所: | 愛媛県四国中央市金田町三角寺甲75 |
電話: | 0896-56-3065 |