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36番札所「青龍寺」の縁起には、空海が唐で修行したことが深く関連しています。
170段の急な石段も有名ですが、大相撲の元横綱「朝青龍」とのご縁があり、いろいろなご縁を感じるお寺でした。

塚地峠越えで宇佐湾、横浪半島を目指す

35番札所「清瀧寺」参拝後は、登った山を土佐市街方向に打ち戻ります。
私は市街の「豚太郎 高岡店」でご当地ラーメン「みそカツラーメン」の昼食休憩をとってから、36番札所「青龍寺(しょうりゅうじ)」を目指して南下を始めました。

「青龍寺」は、土佐市街から山をひとつ越えて海岸に出て、宇佐湾・浦ノ内湾を越えた横波半島にあります。
市街から2kmほど山の方に入っていくと、以下写真のような公園のような立派な休憩所(トイレもあり)があり、ここが山越えの「塚地峠(つかじとうげ)」の入口です。

とても環境の良い「塚地峠」入口の休憩所。野宿も認めていただいているようです。

とても環境の良い「塚地峠」入口の休憩所。野宿も認めていただいているようです。

旧遍路道は峠越えの未舗装路を進みますが、進んできた県道39号をそのまま直進していくと「塚地坂トンネル」で、山を登ることなくほとんどアップダウン無しで海岸に出ることができます。
私は、足の痛みがピークに達していたことと、時間的に夕方近くになっていたこともあり、県道のトンネルを進んでしまいましたが、旧道はよく整備がされていて風情がある道とのことなので、歩き遍路さんはぜひ峠越えにチャレンジしてみていただきたいと思います。

トンネルを抜けると、景色が一変し、宇佐湾の入り組んだ海岸地形と、「青龍寺」のある横浪半島の山地形のコントラストがとても美しいです。
以下写真右の方に見える「宇佐大橋」を渡って、横浪半島を目指しますが、この橋ができる昭和48年(1973年)までは渡し船が交通手段で、これはお大師さまの時代から続いていたといわれています。

「宇佐大橋」からは入り組んだ湾の地形や、漁船やヨットが並ぶ港町の風景を楽しんでみてください。

「宇佐大橋」からは入り組んだ湾の地形や、漁船やヨットが並ぶ港町の風景を楽しんでみてください。

横浪半島に渡り、お大師さまが示した場所から湧き出たといわれる「土佐龍温泉」の前を通過すると、ほどなくして36番札所「青龍寺」に到着します。
「土佐龍温泉」の旅館「三陽荘」は、お遍路さんの宿としてもとても有名で、日帰り入浴も可能ですし、施設玄関前には無料の足湯もありますので、立ち寄りで疲れを癒していくのもよいと思います。
※参考に施設詳細情報のリンクをはっておきます。

 

唐の長安「青龍寺」と「独鈷杵」と「浪切不動明王」

36番札所「青龍寺」の縁起は、空海が唐で修行したことと深く関わりがあります。
唐の修行の地が長安の「青龍寺」で、恵果和尚から真言の秘法を授かっています。
帰国する際に、日本に向かって「独鈷杵(とっこしょ)」を投げて、これがたどり着いた先に唐での恩に報いるための寺院を建立しようとされ、帰国後の日本で「独鈷杵」があったのが現在の「青龍寺」の奥の院の場所だったことから、この地に長安「青龍寺」」と同名のお寺を開創したという伝説が残っています。

ここで出てきた「独鈷杵」とは、仏の教えが煩悩を滅ぼして菩提心(悟りを求める心)を表す様を、インド神話上の武器になぞらえて法具とした「金剛杵(こんごうしょ)」の一種で、槍状の刃が柄の上下に一つずつ付いた形状をしています。
同じ「金剛杵」の中では、「三鈷杵(さんこしょ)」の方が聞かれたことがあるかもしれません。
「三鈷杵」は、刃がフォークのように三本に分かれた形状です。
札所の大師堂に奉納されていることも多いですし、前出のエピソードと同じように、空海が唐より投げて、それが現在の高野山壇上伽藍の「三鈷の松」に引っかかっていたことから、高野山に密教の道場を開創したというのは有名です。

御本尊の「浪切不動明王」も、空海が乗った遣唐使船が入唐時に暴風雨に遭った際に、不動明王が現れて剣で波を切って救ったとことから、その姿を刻んだといわれ、このことも唐の留学と関連しています。

「本堂」の前では、「浪切不動明王」の石像がにらみをきかせています。

「本堂」の前では、「浪切不動明王」の石像がにらみをきかせています。

 

元横綱「朝青龍」も登って鍛えた170段の石段

「青龍寺」の特徴としてよくあげられるのが、本堂・大師堂に170段の急な石段をあがらなければいけないことです。

石段を登り切って、上から撮った写真です。足を痛め、夕方17時ぎりぎりの到着だった私には、壁がそびえているように見えました。

石段を登り切って、上から撮った写真です。足を痛め、夕方17時ぎりぎりの到着だった私には、壁がそびえているように見えました。

この石段にまつわるエピソードで、ぜひご紹介したいのが大相撲の元横綱「朝青龍」です。
モンゴル人初の横綱として素晴らしい成績を残し2010年に引退した力士ですが、高校生のときにモンゴルから相撲留学していたのが、「青龍寺」近くの「明徳義塾高校」で、この石段を登って体を鍛えていたこともあるそうです。
四股名「朝青龍 明徳(あさしょうりゅう あきのり)」は、「青龍寺」からとったとのこと。
「朝青龍」も鍛えるぐらいの石段ですので、歩き遍路のダメージが蓄積した私にとってきつくて厳しいのは当たり前だと思います。

ちなみに「明徳」は「明徳義塾高校」から、「朝」は遍路道で通過してきた「佐喜浜」出身の師匠である元大関「朝潮」からとっているとのことで、「朝青龍」にとって、高校時代を過ごした高知が重要な地であったことがうかがえます。

 

「空海」の唐のご縁、「朝青龍」の高知のご縁、私がここまで歩んでこられた遍路のご縁、いろいろなご縁に思いをはせたお寺でした。

 

【36番札所】  独鈷山 伊舎那院 青龍寺(とっこうざん いしゃないん しょうりゅうじ)
宗派: 真言宗豊山派
本尊: 浪切不動明王
真言: のうまくさんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや
うんたらた かんまんおん ころころ せんだり まとうぎ そわか
開基: 弘法大師
住所: 高知県土佐市宇佐町竜601
電話: 088-856-3010

 

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ごんのすけ

お遍路さん初心者です。  2015年1月20日(火)に1番札所を出発し、2015年3月1日(日)に41日間で88番札所で通し歩き結願を果たすことができました。 2015年4月12・13日の2日間で、開創1200年で盛り上がる高野山にお礼参りにも行ってきました。 自身の通し歩き遍路体験を元にお役立ち情報を発信しています。