「町石道」を登りきり、いよいよ「高野山奥の院」のお大師さまにお礼参りにうかがいます。
最奥部の「弘法大師御廟」と「燈籠堂地下」のお大師さまに一番お近づきになれる場所で遍路満願の報告をしました。

「一の橋」より数々のお墓が並ぶ「奥の院」表参道

高野山への表参道である「町石道(ちょういしみち)」を登りきり、数々のお寺が立ち並ぶ高野山のまちを抜けると、いよいよ「高野山奥の院」への表参道入口「一の橋(いちのはし)」に到着します。
※歩き遍路さんはぜひ「町石道」を歩いて、高野山に登ることをオススメします。「町石道」の様子は以下記事をぜひご覧ください。

柿畑の急坂を抜け…気持ちのよい未舗装路を進んだ先は…まさかのゴルフ場【「町石道」前半編】

奇石の数々にお大師さま伝説を学び…最後の登り坂でラストスパート【「町石道」後半編】

この「一の橋」を渡ると「奥の院」への表参道に入ります。

この「一の橋」を渡ると「奥の院」への表参道に入ります。

このルートが正式な参道とのことで、観光バスや自家用車で参拝される方は大きな駐車場がある「中の橋(なかのはし)」からのルートを使う方が多いようで、こちらは「裏参道」になるとのことです。

「奥の院」参拝後に「中の橋」にも行ってみました。「中の橋」はきれいに整備されていていわゆる「観光地」の雰囲気。

「奥の院」参拝後に「中の橋」にも行ってみました。「中の橋」はきれいに整備されていていわゆる「観光地」の雰囲気。

「中の橋」前には大きな駐車場とお土産物屋、飲食店があります。

「中の橋」前には大きな駐車場とお土産物屋、飲食店があります。

歩き遍路さんは「一の橋」から参道に入って歩かれることをオススメします。

 

数々のお墓が並ぶ荘厳な雰囲気

「一の橋」を渡り、表参道に入ると、そこからは数々のお墓が並ぶ荘厳な雰囲気が広がります。
有名武将、戦没者慰霊塔、著名功績者など、様々な人が一堂に弔われているのは、他の考えを受け入れられる「真言宗」ならではだと思います。

「武田信玄・勝頼」の墓所。武士らしく質素な墓所を希望したそうで、信玄の人柄があらわれているとのことです。

「武田信玄・勝頼」の墓所。武士らしく質素な墓所を希望したそうで、信玄の人柄があらわれているとのことです。

ビルマ戦の戦没者慰霊塔。参道には多くの戦没者が弔われています。この「摩尼宝塔」を建立・管理されている「成福院」さんの宿坊にお世話になりました。

ビルマ戦の戦没者慰霊塔。参道には多くの戦没者が弔われています。この「パゴダの塔」を建立・管理されている「成福院」の宿坊にお世話になりました。

杉林の中に無数のお墓が並ぶ荘厳な雰囲気の参道を進みます。

杉林の中に無数のお墓が並ぶ荘厳な雰囲気の参道を進みます。

数々のお墓の中には、企業が社員を弔うお墓も多くあり、「中の橋」からの「裏参道」の方には特に企業それぞれの特徴を表現した変わった形の墓石がありました。
高野山には多くの参拝者が訪れることから、企業をアピールする意図もあるようです…

さらにいくつかの伝説が残る史跡もありますので、確認しながらゆっくり進みます。

お大師さまがちょっと休憩にと腰掛けたといわれる「腰掛石」です。一の橋から2km弱の参道が続きますので、たしかに休憩が必要かもしれません。

お大師さまがちょっと休憩にと腰掛けたといわれる「腰掛石」です。一の橋から2km弱の参道が続きますので、たしかに休憩が必要かもしれません。

人々の犯した罪を慈悲によって肩代わりして汗をかいているといわれる「汗かき地蔵」さま。いつもありがとうございます&ご苦労さまです。

人々の犯した罪を慈悲によって肩代わりして汗をかいているといわれる「汗かき地蔵」さま。いつもありがとうございます&ご苦労さまです。

底を覗き込んで、自分の姿が見えなければ3年以内に亡くなってしまうという伝説がある「姿見の井戸」です。ちゃんと自分の姿が見えました。

底を覗き込んで、自分の姿が見えなければ3年以内に亡くなってしまうという伝説がある「姿見の井戸」です。ちゃんと自分の姿が見えました。

 

「御廟の橋」を渡ると聖域中の聖域

参道を2km弱進んでいくと、いよいよお大師さまがいらっしゃる「御廟」の入口「御廟の橋(みみょうのはし)」にたどり着きます。
この橋を渡ると、そこは聖域中の聖域とされ、写真撮影は禁止なので、この先の写真はありません。

橋板が36枚、橋全体を1枚として、金剛界の37尊を表し、梵字が書かれているとのこと。ちゃんと数えながら渡ります。

橋板が36枚、橋全体を1枚として、金剛界の37尊を表し、梵字が書かれているとのこと。ちゃんと数えながら渡ります。

橋を渡った先の石段を登る手前左手には「弥勒石(みろくいし)」といく黒い石が安置されているお堂があります。
この石に触ると「弥勒菩薩」さまとご縁をいただけるとのことで、この石をイメージした高野山銘菓「みろく石」がつくられるほど、名所のひとつになっていますが、見逃しがちですので、お菓子の紹介と合わせて、ここでお知らせしておきます。

みろく石本舗 かさ國: http://www.mirokuishi.com/

 

お礼参りは「弘法大師御廟」と「燈籠堂地下」のお大師さまのそばで

そして、最終目的であるお大師さまへのご報告ですが、私はどこで行えばよいのか迷ってしまったので、場所をご紹介しておきます。

「御廟の橋」を渡り、石段を登ると、立派な「燈籠堂(とうろうどう)」があります。
この中では各種祈願やお守りの授与がされているのですが、お大師さまがいらっしゃるのは、この燈籠堂のさらに先の「弘法大師御廟(こうぼうだいしごびょう)」です。

「燈籠堂」の中に入り、左手に進んでいくとお堂の裏に回り込む道がありますので、そこを進むと、目の前に「弘法大師御廟」がありますので、お大師さまの近くで遍路満願の報告をします。
納札箱もここにありますので、最後のお札をお納めします。

ここでご報告を済ませたあとは、「燈籠堂」をぐるっとまわる方向で右側面に出てきて、そこに地下に入る階段がありますので、そこを下ります。
地下には奉納された「燈籠」と「身代わり大師」が並んでおり、その最奥部にお大師さまに一番近づくことができる祭壇があり、ここでも納経しました。

お大師さまのそばに伺うルートは明確には示されていないのでご注意ください。

お大師さまへの報告が終われば、「御廟の橋」を渡って戻り、納経所でお礼参り・満願納経です。
橋を渡る際は、ここまでお大師さまがお送りくださっているとされているので、必ず御廟に合掌礼拝します。

さすがにたくさんの方が納経待ちをしていました。これが最後の納経だと思うと、しみじみしてしました。

さすがにたくさんの方が納経待ちをしていました。これが最後の納経だと思うと、しみじみしてしました。

開創1200年記念のしおりをいただきました。
弘法大師御影は納経とは別志納で白黒とカラーの2種類があります。
納経日の印も押していただけますが、私の納経日は「2015年4月13日」です。
私のご縁数字が1、3、4なので、結願日の3月1日の41日目に引き続き、ご縁のある日に合わせました。

お大師さまにお供えしていたお餅をお下がりで配られていました。

お大師さまにお供えしていたお餅をお下がりで配られていました。

 

歩き遍路を無事終えることができたことを、お大師さまはじめ、たくさんのご縁に感謝し、その念をさらに強くし確認できたお礼参りになりました。

 

 

【寺名】  高野山 奥の院(こうやさん おくのいん)
住所: 和歌山県伊都郡高野町高野山550
電話: 0736-56-2002

 

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ごんのすけ

お遍路さん初心者です。  2015年1月20日(火)に1番札所を出発し、2015年3月1日(日)に41日間で88番札所で通し歩き結願を果たすことができました。 2015年4月12・13日の2日間で、開創1200年で盛り上がる高野山にお礼参りにも行ってきました。 自身の通し歩き遍路体験を元にお役立ち情報を発信しています。