昔の歩き遍路道においては、阿波國随一の難所であり、海山の名景がみられる場所でもあった「八坂八浜」に別格二十霊場4番札所鯖大師本坊があります。お大師さまの鯖にまつわる伝説が残る名刹です。
かつての阿波國随一の難所「八坂八浜」
徳島県阿波國で八十八ヶ所霊場最後の札所である23番札所薬王寺から高知県土佐國最初の札所である24番札所最御崎寺までは、四国の東海岸を約80kmほどひたすら進む道のりです。
現在は国道55号が整備され、長い距離をのぞけば交通の便はよくなっていますが、昔は入り組んだ海岸線にせまる崖をいくつも乗り越えて歩む必要がある難所でした。
その中でも、阿波国随一の難所といわれたのが「八坂八浜(やさかやはま)」で、現在の地名でいう「牟岐(むぎ)」から「浅川(あさかわ)」あたりの地域をさします。
この区間の中でも特に海岸線が複雑に入り組んでいて、その分崖道も急峻だったようで、ただしいくつもの浜が短い距離で連なる様は名景を楽しめる場所としても知られていたそうです。
八坂八浜のちょうど中ほどの「鯖瀬(さばせ)」という地域に、別格4番札所「鯖大師本坊(さばだいしほんぼう)」があります。
馬が苦しみ鯖が生き返った「鯖伝説」
鯖大師本坊の正式名称は「八坂山 八坂寺(やさかざん やさかでら)」です。
このお寺が鯖大師本坊という通称でよばれるようになったのは、お大師さまの鯖にまつわる伝説があるからなのです。
平安時代初期の弘仁年間(810~823年)に空海が八坂八浜を訪れた際に、行基お手植えの松の下で野宿し行基の夢を見たときに、塩鯖を馬に背負わせた馬子が通りがかりました。
空海が塩鯖を所望したところ、馬子は口汚くののしって断ると、坂にさしかかったところで馬が急に苦しみ動かなり、慌てた馬子は先ほどの僧は巡錫中の空海に違いないと思い、空海に鯖を差し出し馬を治して欲しいと懇願したそうです。
空海が加持水を馬に与えたところ、馬はたちまち元気になり、また、空海が法生島(ほけじま)で先ほどの塩鯖に加持祈祷を行い、海に放ったところ塩鯖は生き返り泳いで行ったのです。
これに感服した馬子は空海の弟子となり、この地に小堂を建て行基の像を祀り「行基庵」と名付け、この行基庵が八坂寺の元になったそうです。
また、空海が加持祈祷を行った海岸は鯖瀬(さばせ)と呼ばれるようになり、八坂寺は鯖大師本坊と呼ばれるようになったとことです。
このエピソードが元になり、鯖大師本坊では、絵馬に開運、子宝成就、病気平癒などの願いごとを書いて奉納し、3年間鯖を口にしないことを誓う、鯖断ちの祈願を行うと願いが成就するといわれています。
ひとところで霊場参りができてしまう鯖大師本坊
鯖大師本坊では、いろいろな霊場参りができてしまうのも特徴です。
まずは「西国三十三観音お砂踏み道場」が本堂裏の本坊内にあります。
そして次は「四国八十八ヶ所お砂踏み道場」です。
そして極めつけは境内周辺の丘をまわる「四国八十八ヶ所ミニ霊場」です。
所要時間約20分でまわれるミニ霊場ですので、散策がてらお参りするにはちょうどよいと思います。
山登りの途中で見下ろした多宝塔の近くには古い遍路道の痕跡が残っており、こちらを歩くのも遍路の歴史を感じるのにおすすめです。
※鯖大師本坊近くの旧道遍路道「土佐浜街道」に関しては、以下リンクの記事もぜひご覧ください。
【別格4番札所鯖大師本坊への遍路道】かつての阿波國随一の難所「八坂八浜」は現代では癒し遍路道「土佐浜街道」
別格4番札所鯖大師本坊は、かつての難所であり名景が楽しめる「八坂八浜」にある、お大師さまの珍しい鯖のエピソードが伝わるお寺です。境内ではいろいろな霊場参りができますので、ゆっくりじっくり参拝したいお寺です。
【別格4番札所】 |
鯖大師本坊(さばだいしほんぼう)[八坂山 正覚院 八坂寺(やさかざん しょうがくいん やさかでら)] |
宗派: | 高野山真言宗 |
本尊: | 弘法大師 |
真言: | なむ だいし へんじょう こんごう |
開基: | 行基菩薩 |
住所: | 徳島県海部郡海陽町浅川字中相15 |
電話: | 0884-73-0743 |