【香川県さぬき市エリア】レイライン的な観点から見た札所の構造-88番札所大窪寺

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四国八十八ヶ所霊場結願所の88番札所大窪寺は、かつての山岳霊場の痕跡を色濃く残す寺院です。二至を結ぶラインは、寺院配置のみならず、1番札所に戻るルートも指し示します。

 

レイライン的な観点から見た札所の構造

四国八十八ヶ所の札所は、由来書はもとより、様々なガイドブックや寄稿文などで、その歴史が紹介されています。そんなこともあって、すでに語り尽くされているような印象がありますが、個々の札所をその構造から分析するレイラインハンティングの観点で見直してみると、今まで語られてこなかった札所の歴史や、個々の札所に込められた古の人の思いが明らかになってきます。
今回は、さぬき市エリアの88番大窪寺をご紹介します。

 

明るく伸びやかな風景が広がる東讃に点在する聖地

海沿いにあって海人の伝説を伝える志度寺。静御前の母方の出自が近く、その勢力範囲だったと伝えられる長尾寺。いずれも海を活躍の場とする一族が崇めた聖地で、その名残りが各所に残る。
一方、四国山地が間近に迫る谷間に位置する大窪寺は、忌部氏などの山の民との縁が深い。

お遍路さんにとっては、結願へ向かっての最後の仕上げの道のりであり、足が急ぐ。リピーターや一般の観光客、あるいは車で巡るお遍路さんにとっては、コンパクトに讃岐らしい自然の変化と文化の変化が味わえるエリアであり、札所だけでなく、その間にある様々な史跡なども巡りたい。
また、結願した後、大窪寺から再び海へ向かうエリアにも、日本神話との関わりの深く、空海はもとより最澄も滞在して修行したと伝えられる古社・水主神社などがあり、讃岐の歴史の古層を味わえる。

さぬき市 レイライン 地図

海岸縁の志度寺から内陸へ向かい、長尾寺からは次第に傾斜を強めながら、最後は一気に山を越えていく大窪寺までの行程は、四国独特の海と山の文化を繋いでいくグラデーションが味わえる。

 

88番札所「大窪寺(おおくぼじ)」

<由緒>

四国八十八ヶ所88番札所「大窪寺」
真言宗大覚寺派 医王山遍照光院
本尊: 薬師如来

養老年間(717 - 724年)に、行基がこの地で霊夢を見て草庵を結んだのがはじめとされる。弘仁年間 (810 - 823年)、唐から帰国した空海が、現在の奥の院の岩窟で虚空蔵求聞持法を修し、等身大の薬師如来坐像を刻み、堂宇を建立したとされる。さらに空海は、師である恵果から譲られた三国伝来の錫杖を納め、ここが窪地であったことから「大窪寺」と名付けたと伝えられている。

 

二至を意識した典型的な山岳寺院

南面する本堂は女体山を背負う形になっていて、空海はその山中にある奥の院の岩窟で虚空蔵求聞持法を修したとされます。それは典型的な山岳修験修行で、このロケーションは捨身ヶ嶽奥の院に通じるものがあり、ここが古い修験道場であったことを物語っています。
秘仏とされる本尊の薬師如来は、普通ならば左手に薬壺を持っていますが、大窪寺の本尊の薬師如来は薬壺のかわりに法螺貝を携え、この法螺貝ですべての厄難諸病を吹き払うとされていますが、それは、修験者が入峰する際に法螺貝を吹いて魔除けとすることに由来しているのでしょう。
本堂から見て東女体山の方向は夏至の日出方向に一致し、さらにその先は三本松の港に達します。さらに、北西にある矢筈山は、仰角を計算に入れると、夏至の太陽が沈む方向に一致しています。また、西参道は南西向きで、仁王門は冬至の入日が門中に沈む形となっています。これら二至を意識した構造は、古代の太陽信仰とそれを引き継いだ修験道の名残りといえるでしょう。

大窪寺 本堂 女体山

女体山を背負う大窪寺の本堂。

大窪寺 仁王門 冬至の入日

冬至の入日に合わせた西参道の仁王門。

 

前の札所の長尾寺から大窪寺に向かう途中の「おへんろ交流サロン」は、歩き遍路が立ち寄るスポットになっています。ここでは、結願を迎える歩き遍路に、「四国八十八ヶ所遍路大使任命書」とバッジなどが渡されます。おへんろ交流サロンから先の遍路道は車道を辿るものや丁石などの史跡が保存されている旧道や、いったん女体山に登って大窪寺に下りるルートなど複数のルートがあり、歩き遍路の多くは、せっかくの結願の道だからと眺望の良い女体山経由ルートを辿るケースが多いようです。このルートは、かなりの山道であり、岩場もあるので、雨天のときなどは十分注意する必要があります。

女体山 展望

女体山への遍路道は急登登山道だが、頂上からの讃岐平野一望の眺望は苦労して登る甲斐がある絶景。

 

1番札所に戻るルートも二至のラインをたどる

大窪寺での結願の後は、1番札所に戻り御礼参りを行うお遍路さんが多いですが、これも複数ルートが存在します。一度北西方向の海岸に出て、八十八ヶ所総奥の院である與田寺経由で戻るルートでは、途中の水主神社や海岸にある白鳥神社など、深い歴史をたたえた名所にも立ち寄りたいところ。水主神社は空海だけでなく、最澄が修行した場所でもあり、二至を結ぶラインを向いた本殿と参道は、遠く淡路島から難波を指し、ここに伝わるヤマトトトヒモモソヒメ神話をその方向が指し示しています。
※水主神社とヤマトトトヒモモソヒメ神話に関しては、以下リンクの記事でご紹介しています。

【水主神社編】倭迹迹日百襲姫の源流を示す讃岐のレイライン

 

四国八十八ヶ所霊場結願所の88番大窪寺は、かつての太陽信仰や修験道の痕跡を色濃く残し、遍路の長い旅路を締めくくるにふさわしい雰囲気をもつ山岳霊場です。結願後に1番札所へ戻る道のりも太陽のラインに導かれるようです。

 

【88番札所大窪寺 地図】

この記事を書いた人

内田一成
聖地と呼ばれる場所に秘められた意味と意図を探求する聖地研究家。アウトドア、モータースポーツのライターでもあり、ディープなフィールドワークとデジタル機器を活用した調査を真骨頂とする。自治体の観光資源として聖地を活用する 「聖地観光研究所--レイラインプロジェクト(http://www.ley-line.net/)」を主催する。