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別格14番札所「椿堂」には椿の大木があり、お大師さまが地域で流行していた病を封じ込めたという伝説があります。
現代においても、おさわり大師に病平癒を願う参拝者が訪れるお寺です。

「三角寺」から「雲辺寺」に向かう道すがらの別格14番札所

別格14番札所「椿堂」は、65番札所「三角寺」から66番札所「雲辺寺」に向かう道すがら、愛媛県四国中央市の川滝地区に位置しています。
この椿堂を過ぎると愛媛県・徳島県・香川県の3県が接するお遍路道の要所があり、三角寺と雲辺寺が山登りが厳しい山岳霊場でもあることから、椿堂を中継地点に休憩がてらお寺に立ち寄るお遍路さんも多いです。

椿堂の方向示す大きな看板がある交差点には明治時代建立の石造道標が残っています。

椿堂の方向示す大きな看板がある交差点には明治時代建立の石造道標が残っています。

三角寺から山中を抜けてきたところに椿堂があります。

三角寺から山中を抜けてきたところに椿堂があります。

椿堂の縁起によると、平安時代初期の大同2年(807年)に「邦治居士(ほうちこじ)」が地蔵菩薩をまつり当地に庵を構えたことにより創建さえたと伝えられており、上の写真に「常福寺」とありますが、江戸時代中期の宝暦11年(1761年)に火災あった常福寺が椿堂と合併復興され現在は「椿堂常福寺」となっているとのことです。

合併の歴史から、椿堂の延命地蔵菩薩と、常福寺の火伏不動明王の現在は2尊が御本尊としてまつられています。

境内では真っ赤な火伏不動明王がにらみをきかせています。

境内では真っ赤な火伏不動明王がにらみをきかせています。

 

お大師さまが病を封じ込めた伝説の椿

椿堂という名前がついた由来はお大師さまの伝説が深く関わっています。
弘仁6年(815年)四国巡錫中の空海が、当時この地で熱病が流行しているのを聞き、杖をもってその邪気を地中に封じ込めたそうで、空海が立てた杖から椿が芽を出しやがて大木となったという伝承より「椿堂」と呼ばれるようになったとのこと。
その椿の大木は江戸時代幕末の安政6年(1859年)に火災で焼失したそうですが、焼け跡から再び芽が出て、現在も境内に椿堂のシンボルとしてその姿を見ることができます。

おさわり大師とともに今でも椿の大木の姿を見ることができます。

おさわり大師とともに今でも椿の大木の姿を見ることができます。

椿の木のたもとに鎮座する「おさわり大師」は、お大師さまがこの地で病を封じたことに関連して、右手で大師像を触りながら、左手で自分の痛い場所を触り祈願すると、痛みが治まるご利益があるとことです。

歩き遍路さんにとっては山登りの難所が続く地域なので、足の痛みや疲れを癒してもらうためにおさわり大師に触れながら、しばし休息をとり、讃岐國を目指してもらいたいものです。

 

別格14番札所「椿堂」は、お大師さまが地域の病を封じ込めた伝説が残る霊場です。
愛媛県・徳島県・香川県の県境近くのお遍路の要所で、お遍路の疲れや痛み、病平癒を祈願していきましょう。

 

【別格14番札所】  邦治山 不動院 椿堂常福寺(ほうちざん ふどういん つばきどうじょうふくじ)
宗派: 高野山真言宗
本尊: 地蔵菩薩
不動明王
真言: おん かかかび さんまえい そわか
のうまく さんまんだ ばざら だん せんだ まかろしゃだ そわたや うんたらたかんまん
開基: 邦治居士
弘法大師
住所: 愛媛県四国中央市川滝町下山1894
電話: 0896-56-4523

 

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佐藤 崇裕

四国遍路情報サイト「四国遍路」を運営する株式会社四国遍路(https://shikokuhenro.co.jp/)の代表取締役。四国遍路の文化をより良い形で引き継いでいくために、四国遍路に新しい付加価値を生み出すべく日々奮闘中。