別格11番札所「生木地蔵」はお大師さまが一夜で地蔵菩薩を刻んだ伝説が残る霊跡です。
お隣の「福岡八幡宮」の歴史とともに空海の足跡をたどってみてください。

お大師さまが一夜にして地蔵菩薩を刻む

別格11番札所「生木地蔵(いききじぞう)」は、愛媛県西条市丹原町にある正善寺の境外寺院です。

田園地帯の中にぽつんとそびえる四尾山(おしぶやま)のふもとに生木地蔵のお堂があります。

田園地帯の中にぽつんとそびえる四尾山(おしぶやま)のふもとに生木地蔵のお堂があります。

生木地蔵の縁起によると、四国巡錫中の空海がこの地で一夜の仮寝をしていたところ、楠の大木に童子が現れたことに感得し、青葉茂る生木の楠に一夜で地蔵菩薩を刻んだとの伝説が残っています。
刻んでいる際に天邪鬼が鶏の鳴き真似をしたので、夜が明けたと思った空海は地蔵の片耳を刻み残したまま立ち去ったとも伝わり、地蔵菩薩は未完成のものになっているとのこと。
この地蔵菩薩を長く後世に伝え、お大師さまの足跡を現代に伝えるのが生木地蔵正善寺です。

この楠の大木は昭和29年(1954年)9月26日に来襲した洞爺丸台風によって根元から倒れたのですが、刻まれた地蔵菩薩は無事で、現在は御本尊としてお堂の中にまつられ、楠の倒木も本堂横にまつられています。

倒木の一部から往時の巨大な姿を想像します。

倒木の一部から往時の巨大な姿を想像します。

お堂横には江戸時代に奉納された雨乞石があり、古くから地域の信仰の中心地だったことをうかがわせます。

お堂横には江戸時代に奉納された雨乞石があり、古くから地域の信仰の中心地だったことをうかがわせます。

さらに生木地蔵を訪れた際に合わせて参拝したいのが隣接の「福岡八幡宮」です。

 

周敷一円の神であった福岡八幡宮

生木地蔵の裏山の四尾山山頂には「福岡八幡宮」があり、古くよりこの一帯の周敷(しゅうふ)郡の神として崇められてきた歴史をもつそうです。
のちには石清水八幡神社の別宮を合祀して武門武将の崇敬を受けるようになり、鎌倉時代には源頼朝が神領として認め、戦国時代には四国に攻め入った豊臣秀吉も守護不入の聖地として保護し、江戸時代には歴代松山藩主が周敷一の宮として庇護したとのことで、重要な神社であったことがうかがえます。

地域の神として崇められた風格がただよう福岡八幡宮の鳥居と神門。

地域の神として崇められた風格がただよう福岡八幡宮の鳥居と神門。

神門をくぐり、山を登る長い石段参道を抜けた山頂に本殿があり神がまつられています。

神門をくぐり、山を登る長い石段参道を抜けた山頂に本殿があり神がまつられています。

このように立派な歴史と社殿を誇る神社でありながら、その起源など詳しいことはわかっていないことが多いようですが、田園にぽつんとそびえる四尾山は地域の信仰の対象として古代から重要な山であったと想像します。

空海がこの地で仮寝をし霊験をえたのも古代からの歴史を暗示させます。

 

別格11番札所「生木地蔵」は、お大師さまの伝説を現代にも伝える貴重な霊跡です。
周辺の地形や隣接の福岡八幡宮もあわせて、この地の聖地性を感じとってみてください。

 

 

【別格11番札所】  生木地蔵(いききじぞう) [生木山 正善寺(いききざん しょうぜんじ)]
宗派: 高野山真言宗
本尊: 延命地蔵菩薩
真言: おん かかかび さんまえい そわか
開基: 弘法大師
住所: 愛媛県西条市丹原町高松248-1
電話: 082-839-2677

 

スポンサーリンク

 

pilgrim-shikoku-logo_set 四国遍路情報サイト「四国遍路」 TOPページに戻る


The following two tabs change content below.

佐藤 崇裕

四国遍路情報サイト「四国遍路」を運営する株式会社四国遍路(http://shikokuhenro.co.jp/)の代表取締役。四国遍路の文化をより良い形で引き継いでいくために、四国遍路に新しい付加価値を生み出すべく日々奮闘中。