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別格6番札所「龍光院」は、愛媛県西南部の宇和島市にあり、お大師さまが四国霊場開創を発願した地であると伝わっています。
宇和島藩初代藩主の伊達家ゆかりのお寺でもあり、のちの他寺の合併により40番奥の院にもなっています。

お大師さま四国霊場開創発願の地

別格6番札所「龍光院(りゅうこういん)」は、愛媛県の西南部の主要都市である宇和島市の中心部にあります。
この地は、四国の中でも都から一番離れた場所で、平安時代に四国巡錫中の空海が、都から離れた僻地で文化も伝わりづらいことを憂いて、四国霊場開創を発願した地であると伝わる弘法大師ゆかりのお寺です。

宇和島市街地中心部の高台の上に境内が広がります。

宇和島市街地中心部の高台の上に境内が広がります。

本堂にまつられる御本尊は十一面観世音菩薩です。

本堂にまつられる御本尊は十一面観世音菩薩です。

本堂横から裏山にかけてミニ八十八ヶ所霊場が整備されています。

本堂横から裏山にかけてミニ八十八ヶ所霊場が整備されています。

 

宇和島城の鬼門を鎮る伊達家ゆかりのお寺

龍光院の縁起によると、江戸時代初期の元和元年(1615年)に伊達秀宗が初代宇和島藩主として入部した際、宇和島城の鬼門にあたるこの地に、宇和島藩の安寧と領民の安泰を祈願して栄瑜上人を開山和尚に迎え寺院が建立され、宇和島藩伊達家の祈願所となり、100石を藩より賜ったのが中興であると伝わっています。

お寺境内からは山の上にあり、電波塔の向こう側の宇和島城がばっちり見えます。

お寺境内からは山の上にあり、電波塔の向こう側の宇和島城がばっちり見えます。

宇和島の守護寺である歴史をもつ由縁から、平成2年(1990年)には中国四川省から一石彫の「除災招福大観音」を勧請し、地域の災いを除き福を招くお寺として親しまれています。

境内本堂前に遥拝石が設置されています。

境内本堂前に遥拝石が設置されています。

この石の上に乗って大師堂の上を見ると、裏山に観音像をのぞむことができます。一石彫としては西日本随一の大きさをほこるとのこと。

この石の上に乗って大師堂の上を見ると、裏山に観音像をのぞむことができます。一石彫としては西日本随一の大きさをほこるとのこと。

 

鯨大師が合祀され40番奥の院となる

龍光院は、40番札所「観自在寺」の奥の院ともされていますが、そうなったのは明治時代に入ってからのことだそうで、元々の40番奥の院は宇和島市街沖に浮かぶ「九島(くしま)」にある「遍照山 願成寺(へんじょうざん がんじょうじ)」でした。

願成寺は、空海が離島である九島の文化の遅れを懸念しお堂を建立することを発願し創建したと伝わっています
その昔、飢饉になったとき、島の浜辺に1頭の鯨が漂流し、島民はその鯨で飢えをしのぐことができたというエピソードから、願成寺は別名「鯨大師」ともよばれています。

その後、島に渡ってお参りするのが困難であったことから、江戸時代の寛永8年(1631年)に対岸の「元結掛(もっといぎ)」の地に遥拝所として大師堂が建立され(現在の「馬目木大師(まめきだいし)」)、明治時代に入ってその大師堂から龍光院に合祀されたことから、現在は龍光院が40番奥の院となっています。

離島での大師信仰の歴史も受け継いでいるのが龍光院なのです。

龍光院境内から標高320mほどの山がある九島が見えます。遠くで光がさしているのが九島です。

龍光院境内から標高320mほどの山がある九島が見えます。遠くで光がさしているのが九島です。

 

別格6番札所「龍光院」は、宇和島市の鎮守のお寺であり、地域の大師信仰の拠点でもあります。
境内から見える宇和島城や九島の姿と地域・お寺の歴史を感じてみてください。

 

【別格6番札所】  臨海山 福寿密寺 龍光院(りんかいざん ふくじゅみつじ りゅうこういん)
宗派: 高野山真言宗
本尊: 十一面観世音菩薩
真言: おん まか きゃろにきゃ そわか
開基: 弘法大師 中興:栄瑜上人
住所: 愛媛県宇和島市天神町1-1
電話: 0895-22-0527

 

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佐藤 崇裕

四国遍路情報サイト「四国遍路」を運営する株式会社四国遍路(https://shikokuhenro.co.jp/)の代表取締役。四国遍路の文化をより良い形で引き継いでいくために、四国遍路に新しい付加価値を生み出すべく日々奮闘中。