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お大師さまが生まれた香川県善通寺市。丸亀港からこんぴらさんの道中、または岡山・香川から高知を結ぶ線上にあり、古くから鉄道運行が行われてきました。駅の佇まいからは秘めている歴史が見えてきます。

善通寺駅 駅名標

第75番善通寺の最寄り駅

 

善通寺駅の位置関係

善通寺駅 路線図

善通寺駅周辺の鉄道路線図

一般的に高松駅を中心に描かれることが多い四国の鉄道。瀬戸大橋架橋によってその役は岡山に移りましたが、それ以前は高松に発着する宇高連絡船(うこうれんらくせん)の発着に合わせて四国各方面へ鉄道が運行されていました。

しかしながら善通寺駅に掲げられている路線図表を見ると、中心が岡山・高松そのどちらでもなく2つ離れた多度津駅(たどつえき)であるように感じられます。そう取れるのも自然な話で、四国におけるJR(の前身となる鉄道)が初めて開通したのが、善通寺駅を含む「丸亀-多度津-琴平」間。この土地から四国の鉄道路線網が広がって行きました。この付近の鉄道路線図を描く際に多度津駅が中心に来るのはそのような理由が存在します。

①明治21年(1888) 10月28日…伊豫鉄道 松山-三津 開業
②明治22年(1889) 5月23日…讃岐鉄道 丸亀-多度津-琴平 開業

①は四国最古。現存する私鉄の中でも南海電気鉄道(1885年12月29日)に次いで2番目に古い。
②は四国内では①に次ぐ二番目の開業。全国では9番目の開業で現在のJR。
※歴史の古さを物語る鉄道史跡に関して、以下リンクの記事でもご紹介しています。

遍路道沿いで見られる珍しいレンガ橋台【75番札所「善通寺」→76番札所「金倉寺」】

 

善通寺駅

善通寺駅 駅舎外観

キャッチフレーズは「弘法大師ゆかりの駅」

香川県善通寺市は四国最大の五重塔を有する第75番善通寺や、旧軍都の性格を併せ持つ街。総本山善通寺すなわちお大師さまが生まれた場所で善通寺駅はその最寄り駅ですが、すぐそばに寺が位置しているわけではなく徒歩15分程度要します。
駅から寺の道中に大学があり日中は学生さんの利用も多いことがあってか、近年駅舎内にセブンイレブンさんがオープンしました。寺と旧軍都という特性に加え、昨今の善通寺は学生の街という側面も備え持っています。中務茂兵衛標石がまとめられている善通寺市役所も寺よりも駅に近く、歩いて5分です。
※善通寺市役所の一角にまとめられている中務茂兵衛標石に関しては、以下リンクの記事でご紹介しています。

善通寺市役所敷地内で見ることができる最大サイズの中務茂兵衛標石【善通寺市役所一角】

善通寺市役所敷地内で見ることができる100度目の中務茂兵衛標石【善通寺市役所一角】

一生に一度は両まいり、こんぴらさんと対になる霊場が記された標石【善通寺市役所一角】

 

似た佇まいを持つ隣同士の駅

琴平駅 駅舎外観

近年改修が施され、竣工当時の佇まいにリニューアルされた琴平駅

この土地に鉄道がやってきたのは明治20年代前半と、非常に古い歴史を有していることは前述の通り。善通寺駅とその一つ隣にある琴平駅は似た佇まいがあります。

琴平駅 駅説明看板

琴平駅内に掲げられている古い駅舎の紹介

しかしながら現在運用されている琴平駅は讃岐鉄道開業時とは異なる場所であり、現駅舎も昭和11年(1936)の開業。平成29年(2017)3月に「開業当時の駅舎外観の復元」をコンセプトに改装が施されましたが、それにしても大正11年(1922)11月に現在地に移転した時のものです。

 

現存最古の可能性がある善通寺駅舎

善通寺駅 建物財産標 明治22年

建物財産標に記された「明治22年3月30日」の刻字

建物財産標とは、旧国鉄(現JR)が建物が竣工した際にその日付と用途を示すために掲げた札。素材は鉄板やプラ板、用いられるフォントも時代によって様々存在します。

さすが讃岐鉄道由来の長い歴史を誇る当地の鉄道。明治22年は西暦1889年。この翌日3月31日はパリでエッフェル塔の落成式が行われました(開場は5月6日)。
古い駅舎として連想される代表として東京駅丸の内口がありますが、そちらは大正3年(1914)12月20日の開業。そして路線開業当初から設置されていたものではなく、後年追加開業した駅になります。

一見こんなとこ誰も見てないだろうなあ、もし見つけて明治22年と見ても「ああ、古いんだなあ」くらいのものかもしれませんが、この日付は現存最古の鉄道駅舎である可能性があります。

「可能性」と触れたのは、愛知県半田市の亀崎駅(かめざきえき)に「明治19年1月」と記された建物財産標が掲げられているためです。
愛知県初の鉄道として明治19年(1886)3月1日に開業した武豊線(たけとよせん)の駅として設置された亀崎駅。その事実は疑いようがないところですが、亀崎駅は逓信省鉄道局(ていしんしょうてつどうきょく、現JR)の記録に、明治28年(1895)3月に火災で駅舎を焼失したことが記されており、現駅舎はその後再建された可能性があります。しかしながらそれが全焼なのか一部焼失なのか、はたまた当時は建物が再建された際の再登記が必須ではなかったため更新が行われなかったことも考えられます。鉄道の火災そのものが国家インフラに関わる事項のため内情が秘匿された可能性も否定できません。亀崎駅の駅舎が古いことは確かですが、その経緯について不明な点をいくつか挙げることができます。

仮に亀崎駅のその点を疑いの部分として捉えた場合、消失や倒壊の記録がなく開業当時の姿を留めているものとしては、善通寺駅の駅舎が現存日本最古の駅舎となります。

余談ながら善通寺駅の駅ナカセブンは「明治時代の建物内に店舗を構えるセブンイレブン」。調べたわけではありませんが、ここより古い建物内にセブンイレブンさんはもちろん店舗を構えるコンビニはあるのでしょうか。どなたか知っていたら教えてください。

善通寺駅 駅名電飾

「JR善通寺駅」と掲げられた文字盤

こちらは電光式で夜になると灯りが点されますが、この方式・フォントはお隣の琴平駅と共通でした。

善通寺駅 改札

入口に立った時に、天井が高く空間が広く感じられます

明治22年(1889)竣工の駅舎に入ります。中央にはICカード端末。

明治・大正・昭和・平成・令和
五時代全てのものが、この空間には存在するのではないでしょうか。

前述の「建物財産標」は向かって右側の扉の上、警察官立寄所の札の上に掲出されています。

善通寺駅 駅名標 JR四国規格

JR四国規格の善通寺駅駅名標

特急列車を含め、全列車が停車する善通寺駅。

多度津(たどつ)…第77番道隆寺 ※起点
金蔵寺(こんぞうじ)…第76番金倉寺
善通寺(ぜんつうじ)…第75番善通寺
琴平(ことひら)…金刀比羅宮

箸蔵(はしくら)…別格15番箸蔵寺

土佐一宮(とさいっく)…第30番善楽寺

入明(いりあけ)…第30番奥の院安楽寺

須崎(すさき)…別格5番大善寺

窪川駅(くぼかわえき)…第37番岩本寺 ※終点
ほか

こうして見てみると、善通寺駅が所属する土讃線(どさんせん)は沿線に四国遍路ゆかりの寺社が点在していることがわかります。

 

プラットホームから見て取ることができる鉄道史

善通寺駅 プラットホーム 2段

プラットホーム下の資材が様々である点に注目

善通寺駅が明治由来の古い駅であることは、プラットホームからも見て取ることができます。
こちら2番線プラットホームを1番線から見たところ。ホーム上屋が途切れる部分で基礎の資材が変化していることが分かります。

善通寺駅 プラットホーム 2段 境目

石積みの低床プラットホームに世界の鉄道史が秘められています

左側がコンクリートブロック
右側が石積みの上に嵩上げされたコンクリート

古いのは右側。明治22年(1889)の開業当時のプラットホームは、石積みの高さだったと思われます。
これは全国で開通が早かった他の主要路線などでも見ることができる事例ですが、明治から昭和中期までの国鉄は機関車が客車を牽引する列車が主流。今でいうところのSLやまぐち号の編成が当時の標準に近い形です。すなわち乗客が乗っている車両にはモーターやエンジンが搭載されておらず、機関車に引っ張られるだけ。なので(現在の常識では)車体下部に搭載されている動力ユニットが不要。また冷房車であればその機器はやはり車両下に設置されるのですが、昔の鉄道は冷房化されている列車は車両や等級によってまちまちなので、非冷房車であればそのスペースも不要。
そうなると車両自体の車高・地上高が低くなります。プラットホームもこの高さで事足りるわけです。

昭和後期になり鉄道運行は、動力(モーター・エンジン)や電源ユニットが各車両に搭載された列車に置き換えられたことにより各車両の車高・地上高が高くなったため、駅はそれに合わせてプラットホームの改造が行われました。これはその嵩上げ工事が施された名残です。プラットホームの嵩上げや補修工事は全国各地で行われたので、東京や大阪のような大都会の駅でも注意深く観察すると、明治期由来の石積みのプラットホームが土台に控えている部分を確認できる場合があります。

ちなみに欧米では現在も低床プラットーホームが主流。地上高が増した車両への対応は、各車両の乗降口にステップを設けて対応しています。
特にヨーロッパのイメージですが、古くから国を跨ぐ国際列車の運転が行われているヨーロッパでは、車両の規格が国によってまちまち。現代の鉄道車両の標準的な高さにプラットホームの高さを合わせるためには車両と駅プラットホームを一斉に更新する必要があり、欧州全体に存在する膨大な駅数と車両数や異なる規格を考えるとそれを統一することは不可能に近い。ホームが低く車両が高いものには車両内にステップを設ければ良いので、現状の低床プラットホームのまま運用されているのがヨーロッパの一般的な鉄道です。
北米の鉄道はその事情とは異なるのですが、ヨーロッパと同じように低床ホームが主流です。

写真の通り日本も元々は低床プラットホームが主流ですが、島国で規格が異なる列車の乗り入れが無いので、車両の発達や運行形態の変化に合わせて列車の更新とホームの改造を同時に進めて、現在の高床プラットホームに移行することがかないました。その辺りの事情はヨーロッパでも島国のイギリスの鉄道も同様です。
日本でも欧米でも限られた空間を走ることを前提としている地下鉄などは、開業当初からから高床車両・高床プラットホームで運行されていることが多いです。

善通寺駅 プラットホーム 南端

善通寺駅使用されていないプラットホーム端のむこうに見える山は、こんぴらさんがある象頭山(ぞうずさん/524m)

石積みの上にコンクリートの増床が行われたプラットホーム先端は現在使用されておらず、運転されているほとんどの列車が駅舎が近い多度津寄りの位置に停車します。この部分には屋根も掛けられていません。

昔の国鉄は旅客だけではなく荷物や郵便、そして今は行われていない軍需輸送を担っていたので長い編成が普通。

「15分に一度、25人を近くへ運ぶ」
というよりは、
「1時間に一度、100人と荷物を遠くへ運ぶ」
方が重要視されていました。
乗車する立場からいえば後者より前者の方が嬉しいのですが、国鉄には旅客より荷物を運ぶ方が重要視されていた時代があるので仕方ありません。そのため人口の多い都会では旅客を輸送することに特化した私鉄が発達した事情があります。

昨今は輸送体系の変化や乗客の減少によって、運転される列車そのものの編成数が短くなりました。そのような鉄道の役割の移り変わりを、長い歴史を誇る善通寺駅は見てきたことになります。

※善通寺駅の特徴や歴史に関しては、以下リンクの後編に続きます。

明治由来の古い構造を持つ善通寺駅[後編]【香川県善通寺市】

 

【「善通寺駅」 地図】

 

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野瀬 照山

四国遍路案内人・先達。四国八十八ヶ所結願50回、うち歩き遍路15回。四国六番安楽寺出家得度。四国八十八ヶ所霊場会公認先達。 高松市一宮町で「だんらん旅人宿そらうみ(http://www.sanuki-soraumi.jp/)」を運営。