【75番札所善通寺】「三羽雀」から「菊に善」への寺紋の変遷に秘められた歴史

空海を輩出した佐伯氏が使用していたとされる「三羽雀紋」にあやかり、香川県内では雀紋を寺紋に使う寺が複数存在しますが、佐伯氏にゆかりの深い75番札所善通寺の現在の寺紋は「菊に善」。寺紋の視点で善通寺の歴史の変遷に迫ります。

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香川県内でよくみられる寺紋「三羽雀紋」

「三羽雀紋」はその名の通り、三羽の雀がデザインされた(家・寺)紋です。この紋に関心を持つようになったきっかけは、87番札所長尾寺で見た三羽雀の寺紋。雀のなんともいえないとぼけた表情に魅了され調べてみると、香川県には三羽雀紋を使用している寺が多いことがわかり、そこから関心を持って探すようになりました。

長尾寺 三羽雀紋(新)

良い表情をしています。この三羽雀紋のファンは多いのではないでしょうか。

結果からいうと、香川県にある四国八十八ヶ所霊場23ヶ寺のうち三羽雀紋を使用していたのは、68番札所神恵院69番札所観音寺(境内を共有しており同じ寺紋を使用)、73番札所出釈迦寺、そしてこちらの87番札所長尾寺。なかなかの確率で三羽雀紋に出会うことができました。

三羽雀紋探求の様子は、下記の記事にまとめていますので、こちらもぜひご覧ください。

【讃岐23ヶ寺豆知識】空海を生んだ佐伯家に由縁をもつ寺紋「三羽雀紋」の探求

 

空海を輩出した「佐伯氏」邸宅跡の善通寺寺紋

上記の記事にも書きましたが、香川県の寺に三羽雀紋が多いのは、空海の父方の地方豪族である「佐伯氏」が使用していたことに由来すると伝えられています。それならば、佐伯氏の邸宅跡に建てられた75番札所善通寺が本家本元のはずで、「善通寺にも三羽雀紋があるにちがいない」と思ったのですが、善通寺の寺紋は「菊に善」。雀の姿はどこにもありません。

善通寺 「菊に善紋」

善通寺の「菊に善」の寺紋。真ん中にあるのは「善」の文字がデフォルメされたものです。

不思議に思いつつ、三羽雀紋探求は一度終了しましたが、その後縁あって善通寺の僧侶とお話しする機会があり、善通寺と三羽雀紋の関係についてお話をうかがうことができました。

 

かつては善通寺でも「三羽雀紋」が使われていた

お話を聞かせてくださったのは、善通寺で広報を担当しておられる安藤誠啓さん。

善通寺 安藤誠啓氏

善通寺で広報を担当しておられる安藤氏。

佐伯氏と縁深い善通寺と三羽雀紋の関係についてうかがったところ「以前は善通寺でも三羽雀紋が使われていた」とのお答えをいただきました。

善通寺瓦 三羽雀紋

善通寺宗務庁の建物の瓦に三羽雀紋が残っていました。

その言葉を裏付けるものとして、いろは会館(宿坊)と御影堂(大師堂)の間にある「善通寺宗務庁」の瓦に「三羽雀紋」をみることができます。現在境内で三羽雀紋が見られるのは、この一箇所のみとのことですが、宝物殿には以前に他の建物で使用されていた三羽雀紋の瓦が収蔵されており、間近に見ることができるようです(宝物殿の展示物は入れ替えがあるので常に拝覧できるとは限りません)。

佐伯氏と三羽雀紋の関係についても、「文献が残っているわけではないが、“寺伝”として『佐伯氏では三羽雀紋を使っていた』と伝わっている」と教えていただきました。

善通寺の僧侶から、かねてより謎だった三羽雀紋の回答をいただけて、気持ちがすっきり。ではなぜ、いつごろ、現在の「菊に善」の寺紋に変わったのか、さらにうかがっていきます。

 

「大本山善通寺」から「総本山善通寺」への昇格と寺紋の変更

寺紋が「三羽雀」から「菊に善」に変わった経緯についてうかがうと、明治期から昭和初期にかけて改革が繰り返されてきた真言宗各派の歴史に話が及びました。

明治期に政府から発令された「神仏分離令」。もともと一体化していた神社とお寺を分離するという施策のため、日本の寺院界隈に大変革が誘発され、真言宗各派においても分派・合同が繰り返されるようになりました。そのような時代背景の中、明治40年に、平安時代中期の僧侶「仁海」が開創した京都の随心院を本山とする「真言宗小野派」が誕生。続いて同寺が昭和6年に「真言宗善通寺派」に改称し、随心院が「総本山」、善通寺が「大本山」に位置付けられるようになったといいます(安藤氏のお話とwikipediaを参照)。

その後、昭和16年に空海の生誕地である善通寺が「総本山」に昇格(随心院は「大本山」)。その際に寺紋も変更され、「三羽雀紋」から現在の「菊に善」になったとのことです。

善通寺金堂の寺紋

善通寺金堂(本堂)の扁額と寺幕。

「三羽雀」から「菊に善」への変更という事柄の背景には、善通寺の宗派的な変遷が関係していることを今回知ることができたのは、「かわいい」という理由から雀紋を探求してきた私にとって思いがけない収穫でした。三羽雀紋を持つ他の寺院について振り返ってみても、それぞれ宗派も異なり一見共通性は感じられませんでしたが、善通寺の寺紋同様に、それぞれの歴史や独自の物語があり、各寺がどこかの点で繋がっているのかもしれないと想像できるようにもなりました。

今回お話しをうかがった安藤さんは、善通寺の案内役も務めておられるので、寺紋以外にも善通寺の様々な歴史や話題について、宗教や歴史、お寺などに詳しくない人にもわかりやすいようユーモアを交えて教えてくださり、さらに興味と学びが深まります。お寺をただ見学することや文献を読むことだけでは知り得なかったお寺の情報や魅力を知ることができ、改めて直接お話をうかがうことの意味を感じる時間でありました。

※安藤氏については、下記のリンクで詳しくご紹介しています。

四国ガイド紹介サイト「四国旅人」-ガイド紹介「安藤 誠啓」

 

「三羽雀紋」の話題から善通寺の宗教的・歴史的背景にまで話がおよび、お寺の僧侶に直接お話をうかがうことの意義とありがたさを感じた今回の取材。自分で見るだけではわからないお寺の魅力を発見できました。みなさまも縁がありましたら、(相手の都合も配慮しつつ)お寺の僧侶とお話ししてみてはいかがでしょうか。

 

 

【75番札所】  五岳山 誕生院 善通寺(ごがくざん たんじょういん ぜんつうじ)
宗派: 真言宗善通寺派
本尊: 薬師如来
真言: おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
開基: 弘法大師
住所: 香川県善通寺市善通寺町3-3-1
電話: 0877-62-0111

【「三羽雀紋の瓦がみられる善通寺宗務庁」 地図】

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この記事を書いた人

札幌で生まれ育ち、東京にて都市計画コンサルタントに従事。結婚を機に香川に移住し、地方自治体勤務などを経て現在に至る。お遍路文化を通じた新しい四国の楽しみ方を模索しています。日本酒とワインが好き。