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62番札所「宝寿寺」はお大師さまが十一面観世音菩薩を彫像し霊場とし、国司の安産祈願をしたといわれるお寺です。
他の札所と納経の開所時間が異なりますので、特に歩き遍路さんは注意してください。

「舟山古墳」の側に立派な「三嶋神社」

61番札所「香園寺」を出発して、国道11号方面に向かってすぐのところに、やたらと立派な神社を発見しました。

たまたま立派なトラックと鳥居の2ショットになってしまった「三嶋神社」」です。

たまたま立派なトラックと鳥居の2ショットになってしまった「三嶋神社」」です。

「三嶋神社」は「舟山古墳」という円墳の東側に建っており、この神社をこの地に移転しようとした際に古墳が掘り当てられたそうで、石棺や人骨のほか、武具、勾玉(まがたま)などの副葬品が出土したそうです。
この地域、西条市小松は昔は伊予の政治の中心地であり、「三嶋神社」は奈良時代に、伊予の国司であった越智玉輿・玉澄父子が井出郷(小松の古名)の総鎮守として創建したとのこと。
西条市は札所密集地域でもありますが、その他の寺社仏閣も非常に多い地域なので、寄り道をしながら進むのもよいかもしれません。

 

お大師さまゆかりの安産の十一面観世音菩薩

「香園寺」から次の62番札所「宝寿寺」は目と鼻の先、距離にして1km強で到着です。
国道11号沿いで、JRの「伊予小松駅」のすぐ近くで、山の中の60番札所「横峰寺」から下りてきた直後なだけに、お寺の周辺環境のギャップに少々とまどいました。

「宝寿寺」の縁起によると、奈良時代の天平年間に聖武天皇の勅願で全国各地に一の宮が造営され、この地に建立された伊予一の宮の別当寺として、道慈律師によって「金剛宝寺」と名付けられ創建されたそうです。

その後、平安時代に空海がお寺を訪れ、聖武天皇の妃である光明皇后の姿をかたどった十一面観世音菩薩像を彫造し、御本尊され、寺名を「宝寿寺」と改めて霊場とされたとのこと。
また、そのころ国司の越智公夫人が難産で苦しんでいたので、空海が御本尊に祈願した霊水で加持したところ、無事出産したことから安産の十一面観音様としても信仰されたそうです。

元々本堂であったお堂は工事中で、旧大師堂に御本尊がうつされ、お大師さまが新大師堂にいらっしゃいました。

元々本堂であったお堂は工事中で、旧大師堂に御本尊がうつされ、お大師さまが新大師堂にいらっしゃいました。

 

納経所開所時間に注意

「宝寿寺」は、他の札所と納経所の開所時間が異なるので、注意が必要です。
通常は7時~17時が開所時間となっていますが、このお寺は8時~17時で、しかも12時~13時はお昼休みがありますので、納経所が開いているものと思って朝早くに参拝したり、ちょうど昼時間に当たってしまった場合は、納経待ちになってしまいます。
車遍路さんであれば、このあたりは札所密集地域なので、他の札所を先にまわるなんてこともできると思いますが、歩き遍路だとなかなかそういうわけにはいきませんので、この条件を前提にスケジュールをたててください。

また、私が巡礼していた2015年1月~2月の時期は、四国霊場開創1200年記念期間にあたり、納経所では納経帳に記念スタンプと、通常の御影とは別に赤色の記念御影の配布があったのですが、「宝寿寺」ではスタンプを押していただいたものの、記念御姿の配布はありませんでした。
通過してきた「香園寺」で、「宝寿寺」での記念御影の配布がなく、代わりに配布しているという以下の御影をいただきました。

弘法大師を表す梵字が書かれた代用の記念御影です。お寺の名前は入っていません。

弘法大師を表す梵字が書かれた代用の記念御影です。お寺の名前は入っていません。

 

62番札所「宝寿寺」を参拝し、札所密集地域の西条市小松町をどんどん進んでいきます。

 

【62番札所】   天養山 観音院 宝寿寺(てんようざん かんのんいん ほうじゅじ)
宗派: 高野山真言宗
本尊: 十一面観世音菩薩
真言: おん まか きゃろにきゃ そわか
開基: 道慈律師
住所: 愛媛県西条市小松町新屋敷甲428
電話: 0898-72-2210

 

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ごんのすけ

お遍路さん初心者です。  2015年1月20日(火)に1番札所を出発し、2015年3月1日(日)に41日間で88番札所で通し歩き結願を果たすことができました。 2015年4月12・13日の2日間で、開創1200年で盛り上がる高野山にお礼参りにも行ってきました。 自身の通し歩き遍路体験を元にお役立ち情報を発信しています。