61番札所香園寺は、飛鳥時代に聖徳太子が創建したとされている古刹で、大正時代に和尚が始めた「子安講」が有名なお寺です。この古い歴史とは裏腹なお寺の姿に度肝を抜かれ、お寺のイメージをくつがえされました。
飛鳥時代に聖徳太子が創建されたとされる古刹
60番札所横峰寺がある石鎚山から下ってくること距離にして約10km、途中で滝行で有名な「奥の院」に立ち寄ってから、61番札所香園寺に到着です。
※横峰寺からの下り遍路道と奥の院の様子は、以下リンクの記事もぜひご覧ください。
【60番札所横峰寺→61番札所奥の院】山並・平野の景色を楽しむ下り道の先には滝行の奥の院
香園寺の縁起によると、飛鳥時代にかの有名な「聖徳太子」が用明天皇の病気平癒を祈願して創建したとされていて、四国霊場の中でも屈指の古刹です。
このときに、聖徳太子の前に金の衣を着た白髪の老翁が飛来して、本尊の大日如来像を安置したという伝説も残っています。
安産・子育て信仰の「子安の大師さん」
平安時代に空海が香園寺に訪れた際に、門前で身重の婦人が苦しんでいたので、栴檀の香を焚いて加持・祈祷をしたところ、婦人は元気な男子を無事に出産したそうです。
これがきっかけとなり、空海は唐から持ち帰った小さな金の大日如来像を本尊の胸に納め、再び栴檀の香を焚いて安産・子育て・身代わり・女人成仏を祈る「四誓願」の護摩修法をされて寺に遺したそうで、山号の「栴檀山」はこれに由来しているとのこと。
その後、お寺は隆盛していきますが、戦国時代の「天正の兵火」で被害を受け、一時は衰退してしまいますが、明治時代後期から大正時代にかけて山岡瑞園大和尚が再興し、その際に始めた「子安講」(安産祈願のために、婦人が集まって子安神を祭る信心講)が広まり、長く「子安の大師さん」として親しまれています。
近代的な「大聖堂」に度肝を抜かれる
と、ここまでのお寺のご紹介だと、よい意味で「古い」お寺を創造されると思いますが、この想定を見事に裏切ってくれるお寺の様子に度肝を抜かれました。
これが「お寺」なのです。
四国霊場巡りでこのような建物の札所は、後にも先にも香園寺だけでした。
と、御本尊へのお勤めをし終えると、そこに貼り紙があり、この大聖堂の2階が「大師堂」になっているとのことだったので、建物の左側の外階段で2階に向かいしました。
そして、ここでまたしても度肝を抜かれるのです。
お大師さまは大日如来像のさらに奥にいらっしゃるとのことなので、唖然としながら、おそるおそる講堂の中に進み、お勤めをしました。
ここまで60の札所をまわってきて、ある意味お寺に慣れてきている部分もあったので、ここ香園寺でこのようなお寺もあるのかと、お寺のイメージがくつがえされました。
お寺は奥が深いです。
さらにおまけですが、境内には以下写真のような石造りの机があり、これも少々驚きでしたので、掲載しておきます。
61番札所香園寺は、聖徳太子の時代からの歴史と、安産祈願で親しまれていると同時に、お寺のイメージをくつがえしてくれる新しさもあわせもったお寺で、強烈に印象に残る参拝になりました。
【61番札所】 | 栴檀山 教王院 香園寺(せんだんさん きょうおういん こうおんじ) |
宗派: | 真言宗御室派 |
本尊: | 大日如来 |
真言: | おん あびらうんけん ばざらだどばん |
開基: | 聖徳太子 |
住所: | 愛媛県西条市小松町南川甲19 |
電話: | 0898-72-3861 |