四国八十八ヶ所第六番札所・安楽寺縁起のさかまつ(さか松) が枯れてしまったため、切られました。
2017年10月に入ってみるみる元気がなくなり、あれよあれよと弱っていったそうです。

枯死したさか松

2017年10月15日(日)に参拝に訪れましたが、その日で切られて2,3日経ったところ、だそうです。

—– こちらの記事に登場する主な地名・単語
六番安楽寺(6ばんあんらくじ)
さか松(さかまつ)
阿波國(あわのくに)
徳島藩(とくしまはん)

—– こちらの記事に登場する人物
長宗我部元親(ちょうそかべもとちか / 1539~1599)… 土佐國の戦国大名。一時は四国を平定するが、その後 豊臣秀吉に敗れ、土佐一国に減知された
蜂須賀光隆(はちすかみつたか / 1630~1666)… 徳島藩第三代藩主。功績は四国八十八ヶ所の14番常楽寺・17番井戸寺の再興等

 

厄除けの松のお話

昔昔、猟師が山に分け入り獲物を発見。矢を射ったところそれは山中で修業中のお大師さまだった。
矢が命中してしまう…! とその時、風が吹き、大師の背後にあった木の枝がしなり、矢が命中。大師は無傷だった。
猟師は慌てて大師の元に駆け寄り許しを請う。心穏やかな大師は怒ることはなく猟師に質問する。

*「あなたはなぜ殺生を生業にしているのですか」
「実は家に病人がいて何か栄養の付くものを食べさせないといけないんです」

それを聞いた大師は、猟師の道案内で 家を訪ねる。そこには病床に伏した父がいた。
大師は猟師の父のそばに寄り添い加持祈祷を行ったところ、数日寝たきりになっていた父が立ち上がった。
家族が歓喜する様子を見届け、大師は猟師の家を後にした。

しばらくして旅立った大師を追っかけ、猟師がやって来た。
奇跡の一部始終を目の当たりにしたことで、自分を弟子にして欲しいと懇願するために。

しかしながら大師は旅の僧。弟子を取ることはできない。
そこで大師は猟師に一本の木の枝を渡した。それは猟師と出会った時、飛んできた矢から自分を守ってくれた松の枝だった。

*「この木の枝を植えよ」
*「芽吹いて木が生い茂るようであれば、ここが厄除けの霊場になるであろう」
そう告げた。

猟師は大師の言う通り松の木枝を植えたところ、それが芽吹き、見事な大木となった。

その場所が今日の六番安楽寺ということです。

 

さかまつにまつわるエピソード

余談だが、猟師が木の枝を植える時に誤って逆さに植えてしまったため、いびつな形に成長した。まるで逆に向かって伸びるような…
それから誰言うことなく 「厄除けのさか松」と呼ばれるようになったそうです。

実際のところ、松はそんなに寿命が長い木ではない。また過去には落雷で焼失するなど “歴代さか松” が存在する。

安楽寺と言えば山号が 「温泉山」
四国霊場最大の宿坊にはラジウムを含む温泉があり、お遍路さんが疲れを癒すことができる有難い札所。
その温泉も元々は当地で湧出したものでは無く、お寺自体が現在地から約2km離れた “安楽寺谷” と呼ばれる山間部にあった様子。
天正年間に土佐から侵攻した長宗我部元親によって焼かれ、その後、徳島藩の第三代藩主・蜂須賀光隆公の時代に現在地に移されたと記録されています。 

 

【6番札所】  温泉山 瑠璃光院 安楽寺(おんせんざん るりこういん あんらくじ)
宗派: 高野山真言宗
本尊: 薬師如来
真言: おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
開基: 弘法大師
住所: 徳島県板野郡上板町引野字寺ノ西北8
電話: 088-694-2046

 

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野瀬 照山

八十八ヶ所案内人・先達であり、旅人をお迎えするゲストハウスそらうみを運営。 四国八十八ヶ所結願30回、うち歩き遍路12回。 四国六番安楽寺出家得度。四国八十八ヶ所霊場会公認先達。 高松市一宮町で「さぬき高松ゲストハウスそらうみ(http://www.sanuki-soraumi.jp/)」を運営。