5番札所地蔵寺の近くに地域の工業所さんが運営・管理する善根宿があります。1番札所霊山寺から順打ちを始めた歩きお遍路さんの1泊目にちょうど良い立地で、初心者お遍路さんには特に頼もしく感じる宿泊施設です。
野宿歩きお遍路さんの最初の寝床探し
1番札所霊山寺から順打ち歩き遍路を始めたお遍路さんの多くは、5番札所地蔵寺、6番札所安楽寺、7番札所十楽寺あたりのエリアで、初日の宿泊場所を探すことになります。安楽寺、十楽寺には宿坊がありますので、こちらを利用するお遍路も多数いらっしゃるかと思います。
野宿をする歩きお遍路さんは、体はヘロヘロ、さて今日はどこで寝よう…どこで夜を明かそう…とほぼ毎日そんな悩みが尽きない日々が続いていくことと思います。地蔵寺を打ち終わり少し進んだ先、お遍路スタートの緊張やわからないことだらけで疲れ切った1日目の終わりにちょうど位置する初心者歩きお遍路さんご用達なのが、溝渕工業さんが運営・管理する善根宿(ぜんこんやど)です。
「善根宿」とは
「善根(ぜんこん)」とは、仏教用語で前世の行いによって生まれ変わった際に持っているとされる「善良な根性」のことを指します。つまり前世で積んだ善行によって現世で良い条件に恵まれ、幸福に生きることができるということです。仏教では生死輪廻という概念があり、人は死後にまた生まれ変わって、新たな人生をスタートすると考えられています。
この仏教的な概念から名付けられた「善根宿」は、運営する人の善意で提供される宿泊施設のことをいい、四国のお遍路文化の特徴でもある「お接待」の一種でもあります。
善根宿は運営する人のご厚意で成り立っている宿泊施設ですので、助けていただいていることを肝に銘じて、さらに、自分のあとに使う人のことも考えて利用してください。自分で出したゴミは放置せず自分で持ち帰り、後片付けはしっかり行うことなどは最低限のマナーです。
お大師様は見ていますので、マナー違反を犯したり、他人のことを思いやれないような人は、お遍路を歩んでいくことはできないと思います。
溝渕工業善根宿の外観
5番札所地蔵寺から6番札所安楽寺方面に進むこと約1kmのところに、溝渕工業さんが運営する善根宿があります。県道12号・川北街道沿いにあり、歩きお遍路さんの多くは裏道にあたる旧撫養街道を通るので、歩き遍路道からは少しそれなければならず、この善根宿の存在を知っていないとたどり着けないと思います。
しかも、外観は以下写真の倉庫に隣接するコンクリート造りのただの小屋なので、何も知らなければ普通にスルーしてしまうと思います。
ちなみに私は歩き遍路初日の夜、ここを目指して歩いていたのですが、施設の前を通ったのに気づかず素通りしてしまい、この小屋を見つけるのに行ったり来たりしてかれこれ30分くらいかかりました。
暗くなってから寝床が見つからないとなると、心の余裕が一気に無くなるので、この記事も参考にしていただき、場所をしっかり確認した上で向かわれることをおすすめします。
納札がびっしりの壁面とありがたい電気
施設の中に入ると、シンプルな外観からは想像がつかない、壁にびっしりと貼られた納札(おさめふだ)。お遍路さんはお接待と受けたときのお礼に納札を渡す習慣があり、壁の納札はこの善根宿にたくさんのお遍路さんがお世話になった証拠でもあります。歩き遍路をしていると、休憩所や善根宿で納札がたくさん貼られている様子をよく目にします。
室内の広さはおよそ6畳。大人3人くらいが横になって寝られるスペースがあり、なんといっても電気があることがとてもありがたく、真っ暗な屋外で野宿することを考えるととても便利で安心で、スマートフォンの充電なども可能です。湯沸かしポットや扇風機などの電化製品や、ソファ、毛布などの自由に使うことができるグッズもあり、私はなんだか男子校の部室、もしくは秘密基地のように感じました。
この空間は、野宿初心者のお遍路さんにはかなり異様に感じられることもあるかもしれませんが、お遍路初日で屋外での野宿を覚悟していた私にはこの空間にどことなく人の心を感じて不思議ととても頼もしく思えました。
ちなみに、私は寝る際には自分で持参した銀マットと寝袋を床に敷いて眠りにつきました。善根宿には寝具が備え付けられていることがありますが、どのような衛生状態であるかはわからないことが多く自己責任での利用なので、寝具は自分で持参した寝袋などを使う方が安心ですしマナーでもあります。
お遍路の心得
ふと壁に目をやると、納札の合間に以下写真のような張り紙がありました。
上の写真では読みにくいと思うので以下、原文のまま記載します。
一、八十八箇所千四百キロを歩の大変なこと 風・雨・雲がんばれ
一、わすれものしない用に
一、朝は早く夕方早めに
一、三人か四人位泊まれます ゆづりあてねてください。
一、食ものは一回分くらい持つ
一、体に気を付けて水分を十分とる
一、お金十分気をつける 身につける
一、前日に用定たてて
一、食物なんでもおいしくいだく
一、道中は足もと気を付ける
一、八十八箇所終たら帰りもよってください
人情味溢れる絶妙にカタコトな日本語が、お遍路初日にひとりぼっちの私の心には刺さりました。
至極当たり前のことが書いてあるのですが、最後の一文の「帰りもよってください」が溝渕さんのお遍路さんに対するあたたかい気持ちが伝わってきます。
特にお遍路初心者でこの善根宿を訪れた人には、ぜひ読んでいただきたいお遍路の心得です。
近隣情報
5番札所地蔵寺から約1km、徒歩15分ほどで到着します。
地蔵寺とこの善根宿のちょうど中間地点ぐらいにローソンがあるので、食料など買い出しが必要な人は先にローソンに寄るとよいでしょう。
入浴に関しては、銭湯などの入浴できる場所はすぐ近くには残念ながらなく、約2㎞程離れたところにあるスーパー銭湯「吉野川温泉」が最寄です。
トイレは善根宿のすぐそばに併設されているので、特に心配する必要はありません。
今まで数々のお遍路さんを助けてきたであろう溝渕工業さんの善根宿。野宿をする歩きお遍路さんにとって、屋内に泊まれるというだけで体も心も負担がかなり軽減されます。
宿泊する際は、お接待してくれた人々へ感謝の気持ちを持って、また他に利用する人のことを思いやって行動してください。朝起きて、運営管理をしている溝渕さんが見回りにやってきたときには、感謝の言葉を忘れずに。
【「溝渕工業善根宿」 地図】