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愛媛県東予エリアで見つけた「丸型ポスト」は、遍路宿の案内をしてくれていた親切な奴でした。
これまでの「丸型ポスト」とは姿が異なるいかつい奴もお見逃しなく。

工業地帯が連なり、商人気質の「東予地方」

愛媛県は歴史的・政治的・行政区の観点で、大きく「東予」「中予」「南予」の3つ地域に分割して語られることが多く、そのうち東部の今治市・西条市・新居浜市・四国中央市・越智郡(上島町)で構成されるのが「東予(とうよ)」地方です。

「東予」の特徴といえば、それぞれの都市で工業が盛んなことが一番に挙げられます。
造船、タオル製造が日本一の「今治市」、西日本最大の臨海工業団地の建設により工場が集積している「西条市」、かつて別子銅山の開発で栄え住友グループの化学・非鉄金属・鉄工業が集中する「新居浜市」、製紙が盛んな「四国中央市」が臨海部に連なり、愛媛県の工業生産額の約70%を占めています。

愛媛県でもっとも関西経済圏に近く、海運に適した地理的条件もあり、関西での商売を意識した商人気質に人が多いといわれていて、符昔は「伊予商人の歩いた後には草も生えない」という言葉も生まれるほどだったそうです。

そんな「東予」で、私が遍路旅を通じて注目していた「丸型ポスト」がいくつかあり、変わった形のものも発見しましたので、まとめてご紹介します。

瀬戸内海沿岸部の「東予」は、近年では、工業開発の歴史を物語る産業遺産の観光地化、「しまなみ海道」の開発をきっかけにした海と自然のアピールなど、観光産業の開発に力を入れています。

瀬戸内海沿岸部の「東予」は、近年では、工業開発の歴史を物語る産業遺産の観光地化、「しまなみ海道」の開発をきっかけにした海と自然のアピールなど、観光産業の開発に力を入れています。

 

「丸型ポスト」=「郵便差出箱1号(丸型)」とは

ここで「丸型ポスト」とよんでいるポストですが、正式名称は「郵便差出箱1号(丸型)」です。
まずは、少しおかたいですが、基礎知識から。

日本で郵便制度が始まったのは明治4年(1871年)年で、このときに日本で最初のポストも誕生しました。
当初は木製の簡易なものでしたが、明治34年(1901年)に火事に強い鉄製の赤色丸型ポストができました。
こポストを「赤色」に塗ったのはポストの位置をわかりやすくするため、かどを丸くしたのは通行のじゃまにならないようにという理由からでした。
昭和の戦時体制下では物資不足のため、コンクリートや陶器など、代用の資材を用いたポストが出現しましたが、昭和20年(1945年)に終戦をむかえ、再び鉄製ポストが製造され始め、全国的に普及したのが「郵便差出箱1号(丸型)」です。

その後、ポスト内に収集袋を吊り下げることにより効率よく回収できる「角型ポスト」が開発されたことにより、昭和45年(1970年)に「丸型ポスト」の製造・設置が終了し、現存する「丸型ポスト」は全国で5000~6000基といわれていて、昭和初期の歴史を感じられるある意味「文化財」となっているのです。

今ではマニアともよべるような「丸型ポストファン」もいるほどのようですが、私は遍路を始めるまで興味があったわけではなく、たまたま「丸型ポスト」が好きな知人がいたことと、遍路出発地点の「JR板東駅」に「丸型ポスト」があったことがきっかけで、遍路道沿いの「丸型ポスト」に着目するようになりました。
※遍路スタートの「JR板東駅」の様子は、以下記事もぜひご覧ください。

遍路初心者立ち寄り必須の店【JR高徳線「板東駅」→1番札所「霊山寺」】

遍路道の原点「JR板東駅」の「丸型ポスト」です。私の「丸型ポスト遍路」の原点でもあります。

遍路道の原点「JR板東駅」の「丸型ポスト」です。私の「丸型ポスト遍路」の原点でもあります。

 

ありがたいお言葉をいただける「通夜堂」ならぬ「遍路宿」を案内してくれる「丸型ポスト」

今治市から西条市に入ってすぐの「伊予三芳(いよみよし)」で、60番札所「横峰寺」への「遍路ころがし」前に一泊させていただいた「光明寺」のすぐ近くで「遍路宿」案内をしてくれていた「丸型ポスト」がいました。
「光明寺」では無料宿泊施設を「通夜堂」ではなく「遍路宿」とよんでいますが、その理由は以下リンクの記事でぜひ確認してみてください。

ありがたいお言葉をいただけるお寺の「通夜堂」ではなく「遍路宿」に泊まらせていただく【光明寺(西条市三芳)】

「ここまで来たら遍路宿がある光明寺は通り過ぎているよ」と案内してくれる「丸型ポスト」です。「光明寺」はこの地点から少し手前にあります。

「ここまで来たら遍路宿がある光明寺は通り過ぎているよ」と案内してくれる「丸型ポスト」です。「光明寺」はこの地点から少し手前にあります。

【西条市三芳 「光明寺」近く「丸型ポスト」 地図】

 

「土居のいざり松」の野宿スポットを案内してくれる「丸型ポスト」

四国中央市に入って、「伊予土居(いよどい)」にある別格12番札所「延命寺」には、お大師さまお手植えの「いざり松」があり、その横には野宿可能な東屋があります。
遍路道沿いの「延命寺」角で、またもや道案内をしてくれている「丸型ポスト」を発見しました。
※「延命寺」に関しては、以下リンクの記事もぜひご覧ください。

千枚通し霊符の「土居のいざり松」の横には野宿可能な東屋【別格12番札所「延命寺(えんめいじ)」】

「延命寺にぜひ立ち寄るべし」と遍路道で案内してくれている「丸型ポスト」です。川をはさんでお寺の庫裏のロケーションが絶妙でした。

「延命寺にぜひ立ち寄るべし」と遍路道で案内してくれている「丸型ポスト」です。川をはさんでお寺の庫裏のロケーションが絶妙でした。

【四国中央市土居町 別格12番札所「延命寺」 地図】

 

「土居町小林」で地域生活を見守る「丸型ポスト」

別格12番札所「延命寺」からしばらく歩くと「土居町小林」の地域集会所の前にも「丸型ポスト」がいました。
お寺の跡のような建物が集会所の横にあって気になったのですが、これが何だったのかは不明のままです。

毎日のゴミ出しや地域の寄り合いを見守る「丸型ポスト」です。旧讃岐街道を通るお遍路さんもやさしく見送ってくれます。

毎日のゴミ出しや地域の寄り合いを見守る「丸型ポスト」です。旧讃岐街道を通るお遍路さんもやさしく見送ってくれます。

【四国中央市土居町小林 「小林集会所」 地図】

 

お大師さまとならんでいるいかつい「丸型ポスト」

この「丸型ポスト」は、いつもの「丸型ポスト」と様子が異なるかなりいかつい姿をしていました。
しかも、お大師さまとならんでいる貴重な2ショットです。
今治市の「木村石材大西展示場」で発見しましたが、ずっとこの場所にいるかは不明です。

この「丸型ポスト」は本職である郵便物集荷の取り扱いはしない特別な奴です。かなりいかつくどっしりしていますが、淡い赤色がかわいくもあります。

この「丸型ポスト」は本職である郵便物集荷の取り扱いはしない特別な奴です。かなりいかつくどっしりしていますが、淡い赤色がかわいくもあります。

【今治市大西町 「木村石材大西展示場」 地図】

 

会社専属の秘書的「丸型ポスト」

さらにどっしりいかつい「丸型ポスト」を、新居浜市喜光地町の「株式会社ソール」で発見しました。
この「丸型ポスト」は、会社専属で会社に送られてくる郵便物を受ける秘書的な役割を果たす珍しい奴です。

会社専属で郵便物受け入れをする「丸型ポスト」です。ソフトモヒカン頭の個性派秘書ですが、仕事はしっかりとこなしていそうです。

会社専属で郵便物受け入れをする「丸型ポスト」です。ソフトモヒカン頭の個性派秘書ですが、仕事はしっかりとこなしていそうです。

【新居浜市喜光地町 「株式会社ソール」 地図】

 

 

「東予」の遍路道には、「遍路宿」や「野宿スポット」にやさしく道案内してくれる奴やら、他の地域では見かけなかった特殊な奴まで、バリエーション豊富な「丸型ポスト」を発見できました。
札所密集地域でもある「東予」の遍路旅でしたが、遍路道沿いのお寺以外の景色や地域の特色に目を向けながら歩みたい道のりに感じました。

※「丸型ポスト」に関しては、以下タグリンクの記事もぜひご覧ください。

四国遍路「丸型ポスト」タグ

 

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ごんのすけ

お遍路さん初心者です。  2015年1月20日(火)に1番札所を出発し、2015年3月1日(日)に41日間で88番札所で通し歩き結願を果たすことができました。 2015年4月12・13日の2日間で、開創1200年で盛り上がる高野山にお礼参りにも行ってきました。 自身の通し歩き遍路体験を元にお役立ち情報を発信しています。