【愛媛県西条市】海中から湧き出るお大師さまゆかりの湧水「弘法水」

愛媛県東部の西条市は水の街で、市内のいたる所で湧水を見ることができます。その一つであるこちらは、海の中から真水が湧き出る不思議な湧水で、お大師さま由来の伝説がのこっていることから「弘法水」と呼ばれています。

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弘法水

弘法水が噴出しているすぐ横は海なのですが、水を飲むと塩味は感じられず、清らかな真水なのが不思議です。

 

海の中から湧き出る真水がある場所

弘法水_立地

写真中央右の小屋が真水が湧いている弘法水で、港の出口に築かれた防波堤上なので以前は海中だったか、陸地だったとすると沿岸流によって運ばれた砂が堆積する小さな砂嘴(さし)だったと思われます。

愛媛県の東部、瀬戸内海に面する西条市は、四国八十八ヶ所霊場巡礼において、60番札所横峰寺61番札所香園寺62番札所宝寿寺63番札所吉祥寺64番札所前神寺の5札所がある札所密集地域です。

西条市の沿岸部、本陣川(ほんじんがわ)の河口に「弘法水(こうぼうすい)」が湧き出ています。この場所は、大海原よりは塩分濃度は低い海域とはいえ、地面に染み込む水分は薄い海水だと考えるのが通常なので、真水が湧き出ているのが本当に不思議です。
周辺は川の河口にある漁港の様相で、本陣川の名の通り後方に遡っていくと西条陣屋(現・愛媛県立西条高等学校)の堀と繋がっています。陣屋とは所領地の中心に築かれた構造物で、家格が高くない大名は城郭を築くことが許されず、陣屋に留められました。
すなわちこの川は城と繋がっているのと同義で、西条藩の大名は参勤交代などの際に、船でこの場所を出入りしていたかもしれませんね。

弘法水_入口

弘法水がある場所が防波堤なのか半島なのか意見がわかれるところですが、それはさておきその根元にやってきました。

この角度から見ても「海中から湧く真水」といって間違いではないと思います。

西条市_湧水ポイント地図

「そんなに水が湧き出ているならば、歩き遍路道中でぜひ立ち寄りたい」と当記事を読んでくださっていると思うのですが、水の郷西条の湧水ポイントが記された地図看板を見ると、残念ながら西条の湧出地は遍路道から遠い市街地北部に集中しています。

西条市の湧水は「うちぬき」と呼びます。先端を加工した鋼管を地面に打ち込むと、条件が良ければ15mほどで自噴する水を得ることができることが名称の由来です。井戸の掘り方が固有名詞になった感じですね。
西条市ではうちぬきを所有している家庭が多く、上水道の普及率が50%程度(合併前の旧西条市域だと水道普及率は約25%)とされます。これは10万人規模の都市では異例の数字で、令和の日本で市町村の半分の家庭に上水道が引かれていない街を探すのはなかなか困難だと思います。西条市のうちぬきが噴出しているエリアでは、上水道を整備するとその水脈を切ってしまう恐れがあることからあえて整備されず、うちぬきが市民生活を支えています。

市内には加茂川(かもがわ)という石鎚山系を源流とする大きな川が流れていますが、うちぬきが多く見られるのはその右岸(東側)であり、JR予讃線・伊予西条駅より北のこのエリアです。四国の大動脈である国道11号はJR線より南にあって、地図などに遍路道として記載されている旧街道は国道より南です。残念ながら遍路道は豊富な水脈エリアから外れてしまっている気がします(加茂川・国道11号・遍路道は上の写真の地図には表記されていません)。

 

お大師さまゆかりの「弘法水」

弘法水_アプローチ

弘法水は道路から10mほど離れた半島形状の先端に位置していて、そこは港の真ん中です。

左右が砂地で特に左側(=海側)が浅いので、元々砂が多く堆積していたところに石垣を組んで砂が流れ出さないようにして、歩きやすいように上部を舗装したものが現代の弘法水かもしれませんね。

弘法水_西条名水看板

お大師さまと水のエピソードは広く知られていて、北は青森県から南は鹿児島県まで空海由来と伝わる湧水が数多存在します。

空海由来の湧水のことを総じて「弘法水」と呼びますが、西条市のこちらの湧水は固有名詞として「弘法水」と呼ばれています。

弘法水_由来石碑

お大師さまが土地の老婆と出会い、貴重な水のお接待を受けたことが弘法水の起源とされます。

四国を巡錫中のお大師さまがこの場所で休憩していると、老婆が現れ水をわけてもらって喉の渇きを潤すことができた。その時老婆はここは海の近くだから真水が乏しく、遠くまで水を汲みに行っている、と明かした。そこでお大師さまは、手に持っている錫杖で地面を2回・3回突いたところ清らかな水が湧き出て、老婆を含む住民らが大いに助かった。

弘法水_湧出口

現代の弘法水は海面からこの高さにあるので、さすがに自噴というわけではありませんが、噴出地点には屋根やベンチが設置されていて、いつでも海中から湧き出る清らかな真水をいただくことができます。

弘法水の縁起には「海に入って」のようなエピソードは特段登場しません。江戸時代から明治時代にかけての旧弘法水は木枠で湧水溜まりを作り、それを汲むことで活用していたようです。しかしながら木製の橋のように作っては傷んだり高潮などで流されては再生しての繰り返しだったようで、旧弘法水は昭和30年代に行われた港湾整備で一度姿を消します。西条には汲みやすい湧水が他にたくさんあるでしょうから、不安定な旧弘法水はそれほど気にされない存在だったのかなと想像します。
それから時が流れて、昭和54年(1979)に土砂の堆積により浅くなった港の浚渫工事が行われます。するとこの場所から旧弘法水を表す石碑が掘り出されたので、その位置を頼りに鉄パイプを差し込んだところ、海中から真水が噴出しました。ただ、湧水が旧弘法水のように干潮の際にだけ活用できるようでは安定した供給や管理が困難でしょうから、現在の恒久的な形に整備されたようです。

 

弘法水と石鎚山の関係

弘法水_石鎚山

弘法水のある場所から見える標高1,982mの西日本最高峰である石鎚山(いしづちさん)の付近は全国有数の多雨地帯なので、その雨水が加茂川を通じて人里にもたらされ、一旦伏流したのち再び地上に噴出したのが弘法水であり、西条のうちぬきです。

お大師さまが水を出すとき「持ってた錫杖で地面を2度3度突いたところ、清らかな水が噴き出て…」と語られることが多いのですが、現代のうちぬき工事の手順がそれに近い形だったのかな、と想像しました。

 

【「弘法水」 地図】

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この記事を書いた人

四国遍路案内人・先達。四国八十八ヶ所結願50回、うち歩き遍路15回。四国六番安楽寺出家得度。四国八十八ヶ所霊場会公認先達。 高松市一宮町で「だんらん旅人宿そらうみ(http://www.sanuki-soraumi.jp/)」を運営。