別格9番札所「文殊院」は、四国遍路の元祖「衛門三郎」ゆかりのお寺です。
衛門三郎がお大師さまの鉄鉢を叩き割ったときに、その八つの破片が飛んでいって窪地ができた「八窪」という遺跡あります。

衛門三郎が叩き割った鉄鉢

別格9番札所「文殊院」は、四国遍路の元祖といわれる「衛門三郎」の邸宅があった場所に建てられたと伝わっています。
※衛門三郎に関しては、文殊院の以下紹介記事をご覧ください。

四国遍路の元祖「衛門三郎」の邸宅があったと伝わる遺跡【別格9番札所「文殊院(もんじゅいん)」】

空海が巡錫中に托鉢のために強欲な庄屋だった衛門三郎を訪ねた際、衛門三郎が空海の鉄鉢を叩き割り、その破片が八つにわかれて山の方に飛んでいき、窪地ができたといわれるのが「八窪」という遺跡です。
この場所は、文殊院の元である「徳盛寺(とくじょうじ)」が現在地に移ってくる前にあった場所だと伝わっていて、お大師さまの御加持水も湧いている霊跡で、文殊院の境外地として現在も保護されています。

文殊院からは少し離れたところにあり、道もわかりづらいので、以下道順も含めて、現地レポートしたいと思います。

 

47番札所「八坂寺」の裏山

八窪がある場所は、47番札所「八坂寺」の裏山にあたる山の中腹にあります。
八坂寺が管理する「八坂霊園」が山道入口の目印になりますが、八坂寺から文殊院に向かう方向で、車遍路さんは県道194号から西方面へ左折、歩き遍路さんは歩き遍路道を通って池のほとりの道を進む前に西方面に左折になります。

歩き遍路さんは、池のほとりのこの道を進むのではなく、西方面の八坂霊園看板を目印に進みます。

歩き遍路さんは、池のほとりのこの道を進むのではなく、西方面の八坂霊園看板を目印に進みます。

八坂霊園入口前の道を西方向に直進して…

八坂霊園入口前の道を西方向に直進して…

この交差点を左折して山側に登っていきます。

この交差点を左折して山側に登っていきます。

【「八窪 登山口」 地図】

登山口からは進むのが少し不安になる山道ですが、ひたすら道なりに進んでください。

途中にはゲートのようなものもありますが、かまわず直進です。

途中にはゲートのようなものもありますが、かまわず直進です。

山道途中では文殊院方面の平野がきれいに見渡せますので、景色も楽しんでください。

山道途中では文殊院方面の平野がきれいに見渡せますので、景色も楽しんでください。

 

お大師さまが見守り御加持水が湧く「八窪」

しばらく山道を進んでいくと、見逃してはならないバラック小屋があります。

山道沿いに何軒か農家さんがあるので、物置小屋にしか見えません。

山道沿いに何軒か農家さんがあるので、物置小屋にしか見えません。

実はこのバラック小屋が「八窪」の霊跡なのです。
勇気を出して錆びついて重い引き戸を開けてみると、中にはこのような光景が。

小屋の奥にはお社、手前にはいくつかの井戸らしき穴があります。

小屋の奥にはお社、手前にはいくつかの井戸らしき穴があります。

この小屋にお大師さまがまつられ、穴からは御加持水が絶えず湧いています。

御加持水をくみとれるようにバケツや柄杓も用意してくださっています。

御加持水をくみとれるようにバケツや柄杓も用意してくださっています。

この場所が、鉄鉢の八つの破片が飛んできて窪地ができ、お大師さまの御加持水が湧く霊跡とは意外です。
この小屋のことを知らないと、探し回っても見つけられないかもしれません。

この小屋の前に少し広めの空き地があって、この一角にも見逃してはならないものがあります。

お大師さまが見守ってくださっています。

お大師さまが見守ってくださっています。

ここまで山を登ってこられたので、お大師さまにも忘れずお参りしていってください。

 

別格9番札所「文殊院」の境外地で、衛門三郎伝説ゆかりの「八窪」は、非常に見つけづらい霊跡ですが、その伝説や文殊院の創建にも関わる興味深い場所です。
絶えず湧き出る御加持水からも遍路の歴史を感じることができますので、ぜひ一度訪れてみてください。

 

【「八窪」 地図】

 

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佐藤 崇裕

四国遍路情報サイト「四国遍路」を運営する株式会社四国遍路(http://shikokuhenro.co.jp/)の代表取締役。四国遍路の文化をより良い形で引き継いでいくために、四国遍路に新しい付加価値を生み出すべく日々奮闘中。