結願の88番札所大窪寺へのいくつかのルートのうち、旧遍路道の「丁石道」には今でもいくつかの「丁石」が残っています。わざわざ探さないと見つけづらい場所にあるものが多いので、調査してみました。
前山ダムから結願の「大窪寺」を目指す「丁石道」
87番札所長尾寺を打ち終え、いよいよ結願の88番札所大窪寺を目指しますが、長尾寺から5kmほど進んだ先の「前山ダム」からはいくつかのルートにわかれます。
前山ダムには多くのお遍路さんが立ち寄る「おへんろ交流サロン」や食べ物・飲み物の補給、トイレ休憩などに便利な「道の駅 ながお」があり、大窪寺を目指す途中の中継基地になりますので、以下リンクの情報も参考に結願への準備を整えてください。
【前山おへんろ交流サロン】「四国八十八ヶ所遍路大使」に任命されて「同行二人バッジ」をゲット
【道の駅ながお「ほしごえの里」】結願に向かう前の腹ごしらえはあっさりジューシーな「讃岐黒豚ハンバーグ」
前山ダムからの遍路道は、大きくわけて2ルートあり、ひとつは眺望のきれいな「女体山」の山頂を目指して、大窪寺の奥の院である「胎蔵峯寺」を経由して、山の上から大窪寺に下っていくルート、もうひとつは旧遍路道といわれている旧多和小学校方面を経由する「丁石道」のルートです。
本サイトの執筆者のごんのすけさんは丁石道ルートを選ばれましたが、道の名前の由来にもなっている「丁石」を発見できなかったそうなので、今回は貴重な史跡である丁石の調査をしてみることにしました。
※ごんのすけさんが丁石道を歩いた様子は、以下リンクの記事をご覧ください。
【道の駅ながお→88番札所大窪寺】道なき道を進む「丁石道」を通って結願にまっしぐら
結願までの距離を教えてくれる「丁石」
そもそもご紹介しようとしている「丁石」とは何なのかをまずご説明しておかなければなりません。
「丁」というのは昔の長さの単位で「町」と表記することもありますが意味は同じです。
1丁が現在の単位でいうと約110mで、丁石は目的地までの残り距離を示してくれているのです。
前山ダムから丁石道ルートを7kmほど進むと分岐点の旧多和小学校にたどりつき、国道377号を進む途中にある「三十三丁石」はこのようなものです。
現在はすべての丁石が残っているわけではないのですが、昔は1丁ごとにこの丁石が置かれていて、少しずつ数字が減っていくのがお遍路さんの大きな励ましになり、結願への気持ちが盛り上がっていったのだと想像します。
「竹屋敷」近くの川沿いの丁石
さらに大窪寺に近づいていき、お食事処・遍路宿としてお遍路さんに有名な「竹屋敷」までたどり着くと、ここでは現在の遍路道の国道から少し外れて川沿いの畦道に「二十五丁石」「二十四丁石」があります。
このふたつを発見するには一部私有地を通らなければいけない場所がありますので、もしどうしても見たいという方は地元の人に聞いてみてください。
【「旅館 野田屋 竹屋敷」 地図】
川沿いを歩んだであろう痕跡を示す「丁石」
「竹屋敷」から少し進んだ先で、歩き遍路さんは国道377号の裏道の旧道を進むルートに分岐します。
この分岐点付近にも「丁石」があります。
先程の「二十四丁石」も川沿いにありましたが、このような位置に丁石があるということは、現在の国道や旧道がまだ存在しなかった昔は川沿いの自然道をお遍路さんが進んでいたことを後の世に伝えてくれているのです。
上の川の写真の位置には、昔は川渡し場があり、対岸に渡ってから進んでいたそうです。
道なき道の途中の目印になる「十六丁石」「十五丁石」
二十一丁石の分岐点から旧道を通っても国道377号を通っても、川沿いに進んでいきますが、道途中に十六丁石の方向を示す看板が設置されています。
このあたりの道は、現在の旧道で歩き遍路道になっている道よりもさらに古い道で、道なき道を進むがごとくの未舗装状態で、はっきりした道標もないので、進んでいると不安になってきます。
このような道を進んでいく途中に「十六丁石」「十五丁石」があり、大窪寺に近づいていることの目印になっています。
現在の遍路道から外れてハードな道を注意深く見ていないと丁石を見つけられないので、歩き遍路さんでもこのあたりの丁石を見ながら進んだ人は少ないと思います。
結願への大窪寺への遍路道、昔の丁石を探しながら、気持ちを盛り上げていくのもよいと思います。
昔の遍路道やお遍路さんの様子を示す貴重な史跡をしっかりと後世にも伝えていきたいものです。