【知多四国霊場1番札所曹源寺】昔から知多半島の入口の重要拠点だった巡礼スタートの寺院

知多半島の北端にあたる愛知県豊明市に知多四国霊場1番札所曹源寺があります。昔から知多半島の入口として重要な拠点であった歴史をもち、知多四国霊場を巡礼するお遍路さんの多くがここからスタートしていきます。

スポンサーリンク

 

知多半島の入口の巡礼スタートの地である知多四国霊場1番札所曹源寺

知多四国霊場がある愛知県の知多半島は、大都市である名古屋市の中心部や、愛知県東部の三河地方、少し離れて岐阜県や三重県からもアクセスが良いため、昔から観光に訪れる人が多く、霊場巡礼者も集めやすかく巡礼文化が広がり定着していったと考えられます。
知多半島の北端に位置する豊明市(とよあけし)に、知多四国霊場の巡礼者の多くがスタート地点とする知多四国霊場1番札所曹源寺(そうげんじ)があります。

曹源寺は、鎌倉時代の開創とされていますが、正確な年代は不明です。開創当初は天台宗の寺院でしたが、戦国時代の永正2年(1505年)に曹洞宗に改宗し現在に至ります。
江戸時代の承応3年(1654年)3月3日に、大規模な火災に襲われ、建造物や書物・仏像などは全て焼失し、山門の一部しか残らなかったと伝わっています。その後、再建しようと試みましたが、昔から付近を流れる正戸川(しょうどがわ)と境川(さかいがわ)の氾濫が頻発する地理的条件を考え、元の場所(現在の豊明市栄町元屋敷エリア)から約1kmほど北西の現在お寺がある場所に再建されることになりました。
現在の本堂は、明治13年(1880年)に再建されました。弘法堂は明治23年(1890年)に建立されましたが、昭和49年(1974年)に火災で焼失し、昭和51年(1976年)に多くの檀家や信者の寄付で、鉄筋コンクリート製の建物に再建されました。
たびたびの火災からの復興を果たし、現在でも広く信仰を集めているお寺です。

知多四国霊場1番札所曹源寺_山門

知多四国霊場1番札所曹源寺の堂々とした構えの山門。

知多四国霊場1番札所曹源寺_本堂

知多四国霊場1番札所曹源寺の本堂は明治時代に再建され、現在にも続く歴史的な建造物です。

知多四国霊場1番札所曹源寺_戦前の境内

戦前の曹源寺の境内の写真をAIでカラー化したものには、かつての弘法堂の姿もあります。

 

「桶狭間の戦い」の死者供養

かつて曹源寺があった場所は「大脇(おおわき)」という地名でした。戦国時代には大脇城があり、境川を境にした防衛拠点のしての機能があり、このエリアの出来事として有名なのが「桶狭間(おけはざま)の戦い」です。永禄3年(1560年)に今川義元の大軍が織田信長の奇襲に敗れた戦いです。
この戦で亡くなった多くの死傷者は、一帯にそのまま放置されていました。その光景に心を痛めた曹源寺2世快翁龍喜(かいおうりゅうき)和尚が声をあげ、討ち死にした今川義元をはじめ多くの死傷者を村人の協力もえて集め葬り、戦人塚を建て弔いました。これ以来、現在でも曹源寺歴代和尚が供養をし続けていて、今川義元の位牌も大切に守られています。

このように知多半島と他地域との境目であり入口に立地していたこと、さらに右回りの円循環での巡礼ルートを構成した都合で知多半島北部の寺院の中でも東部にあり起点に適していたこと、歴史上も重要な役割を果たしてきた曹源寺が知多四国霊場1番札所に選ばれ、霊場の顔的な存在になっています。
ちなみに満願の88番札所円通寺は、曹源寺がある豊明市隣接の大府市にあり、ともに知多半島北部に立地していて、88番札所で満願後にすぐに1番札所を訪れやすく、自然に何度もぐるぐる巡礼しやすい配置になっています。
※88番札所円通時に関しては、以下リンクの記事でご紹介しています。

【知多四国霊場88番札所円通寺】満願の寺院の烏枢沙摩明王と馬頭観音の競馬とのご縁

知多四国霊場納経帳_1番札所大脇曹源寺

明治時代から大正時代にかけての納経帳には旧地名の「大脇 曹源寺」の表記がみられます。

知多四国霊場納経帳_1番札所豊明曹源寺

現代の納経帳には「豊明 曹源寺」と現在の地名が記されています。

 

知る人ぞ知る「高野山 弘法大師 御母公 御分身 知多 奉安廿一ヶ所霊場」

曹源寺は、弘法大師空海の母「玉依御前(たまよりごぜん)」の霊場の1番札所でもあります。霊場の正式名称は「高野山 弘法大師 御母公 御分身 知多 奉安廿一ヶ所霊場」で、知多半島のゆかりの22ヶ寺(21札所+番外1札所)で構成されている霊場です。
霊場が開創された経緯や開創者などの詳しいことはわかっていません。弘法大師空海ゆかりの寺院で構成されているのですが、空海が開祖の真言宗の寺院はひとつも含まれていない珍しい霊場です。構成寺院は、曹源寺もそうですが曹洞宗が多く、知多半島の仏教宗派の歴史を何かしら反映しているものと思われます。
現在ではこの霊場を巡礼する人は年に数人ほどで、知る人ぞ知る存在になっています。

高野山弘法大師御母公知多奉安二十一ヶ所霊場_納経帳

参拝者の減少とともに、高野山弘法大師御母公知多奉安二十一ヶ所霊場の納経帳も希少になり、手に入りにくい状況です。

 

曹源寺は、知多四国霊場の1番札所であり、ここから巡礼をスタートする多くのお遍路さんでにぎわっています。毎月29日の縁日には、山門前にいろいろな露天が並び、地元の人や観光客などがたくさん訪れます。知多四国霊場では巡礼するお遍路さんのことを親しみをこめて「弘法さん」と呼ぶ文化があり、あちらこちらに弘法さんの声が聞こえる1番札所から、知多四国霊場巡礼の最初の一歩をぜひ踏み出してみてください。

※知多四国霊場の参拝作法や参拝スタイルは以下リンクの記事でご紹介していますので、特に初心者お遍路さんは参考にされてください。

【知多四国霊場】初めての巡拝でも安心の参拝作法のご案内

【知多四国霊場】参拝スタイルや巡礼の準備物と弘法大師空海御生誕1250年記念特別企画

 

【「知多四国霊場1番札所曹源寺」 地図】

四国遍路巡礼に
おすすめの納経帳

千年帳販売サイトバナー 千年帳販売サイトバナー

この記事を書いた人

知多半島のお寺が好きで、知多四国霊場を中心にいろいろな霊場を巡礼し、観光やご当地グルメ(特にラーメン)も楽しんでいます。御朱印集めも趣味で、知多半島のお寺の御朱印はもちろん、全国各地の御朱印をもらいに巡り、アート御朱印などは取り寄せたりもしています。