お遍路さんの海の玄関口である撫養港から1番札所霊山寺に向かう撫養街道を自転車で散策しました。その全体行程と、たくさんの新しい発見があった道中の様子をご紹介した記事をまとめました。
撫養街道-自転車散歩のはじまり
徳島県鳴門市撫養(むや)町は、かつて関西と四国を結ぶ流通の玄関口であり、関西方面から四国に入るお遍路さんが最初に降り立つ場所でした。この撫養港から阿波の池田まで続く道は「撫養街道(むやかいどう)」と呼ばれ、お遍路さんはこの撫養街道を通って1番札所霊山寺へと歩を進めたのです。
釣り人のメッカ・岡崎海岸の無料駐車場からスタート
1.お遍路始まりの地“撫養港”
駐車場から自転車で走ること約5分、岡崎港に到着します。海を渡ったお遍路さん気分を味わうべく、小鳴門海峡を渡る無料の渡船に乗ってみました。
2. 撫養の町を一望する妙見山
岡崎港界隈を散策すると見えてくる小高い丘の天守閣。この丘は妙見山(みょうけんさん)と呼ばれ、江戸時代には阿波九城の一つである撫養城が置かれていた山です。山の頂と麓に、当時の豪商によって建てられた神社を見ることができます。
3.撫養街道に残る交易路の姿
港のあるエリアから撫養の商店街にかけて自転車を進めると、海運業で繁栄した歴史を彷彿とさせる町屋建築を見つけることができます。商人の崇敬を集めた事代主神社などもあり、交易路だった撫養街道の息遣いを感じるエリアです。
4. 旅人の難渋を救った駅路寺・長谷寺と金刀比羅神社
江戸時代、徳島藩には旅人の宿の便宜を図る「駅路寺(えきろじ)」という制度が設けられ、藩内八カ所の寺が指定を受けていました。その駅路寺のひとつ長谷寺(ちょうこくじ)が撫養街道にありました。
【撫養街道-自転車散歩4】旅人の難渋を救った駅路寺・長谷寺と金刀比羅神社
この長谷寺まで4.8kmの道のりですが、かなり寄り道をしたので時間がかかりました。
自転車散歩の前半部分(撫養港から駅路寺・長谷寺まで)の経路は地図の通りです。
長谷寺までは商店街の延長のような景色が続きますが、国道11号線を横切る頃には住宅街に、徳島自動車道の高架を過ぎる頃には田んぼとレンコン畑が連なる田園地帯へと変わっていきます。
長谷寺から次の大谷焼の里まで約4kmの道を走ります。
5. お遍路さんが伝えた陶芸の技術「大谷焼」
鳴門市大麻町に入ると、徳島を代表する陶芸「大谷焼」の窯元が集積する「大谷焼の里」が見えてきます。この大谷焼、お遍路さんが伝えた作陶技術が発展したもので、四国巡礼がもたらした産業技術の伝搬をみることができます。
【撫養街道-自転車散歩5】お遍路さんが伝えた陶芸の技術「大谷焼」
6. 撫養街道の酒と醤油の醸造ロード
大谷焼の里のすぐ近くに酒造所と醤油の醸造所が並ぶエリアがあります。大谷焼と二つの醸造所は縁が深く、酒や醤油の容器に大谷焼が使われていました。大谷焼の記事と合わせてご覧ください。
7. 土御門天皇火葬塚と塚の守り人
醸造所のすぐ近くに、四国で没した土御門天皇の火葬塚と天皇を祀る阿波神社がありました。そこで少し不思議な出会いがありました。
8. 地域に開かれたお寺“種蒔大師東林院”
一番札所の奥の院で種蒔大師として知られる東林院(とうりんいん)では、境内にある喫茶店「ろうそく夜」でお茶をいただくことができます。東林院では様々なイベントが行われており、地域に開かれたお寺の姿を見ることができました。
【撫養街道-自転車散歩8】地域に開かれたお寺“種蒔大師 東林院”
9. 江戸時代のお遍路さんが両参りした霊山寺と大麻比古神社
東林院から4kmの道を走り、ついにゴールの1番札所霊山寺(りょうぜんじ)に到着です。霊山寺でのお参りを済ませた後に大麻比古神社(おおあさひこじんじゃ)で道中安全を祈願しました。
【撫養街道-自転車散歩9】江戸時代のお遍路さんが両参りした霊山寺と大麻比古神社
自転車散歩の後半部分(長谷寺から霊山寺・大麻比古神社)の経路は地図の通りです。
霊山寺・大麻比古神社にゴールして、四国の海の玄関口である撫養港から1番札所を目指す自転車の旅は終わりです。15kmの道のりの中に、たくさんの発見がある意義深い道のりになりました。15kmは自転車でまっすぐ進む分には負担の少ない距離ですが、ここで紹介した行程全てに立ち寄るとなると時間がかかります。撫養街道の自転車旅に興味を持たれた方は、余裕のある計画を立ててください。
車までの戻り方について
最後に「自転車で行った帰り、駐車場まではどう戻ったのか」についても書いておきます。私はそのまま自転車で岡崎海岸の駐車場まで引き返しました(寄り道しないと速い)。撫養街道には並行してバスやJRが走っているので、公共交通を使うことも可能です。公共交通機関にはむき出しの自転車を乗せることができないので、かならず輪行バッグに入れて乗車してください。