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お遍路さんの四国巡礼によって外からの情報や技術が四国に伝承され、地域の発展に寄与してきた事例は多いといいます。今回訪れた徳島の代表的な陶芸品「大谷焼」もその一つです。

 

大谷焼の里:大麻町大谷

撫養(むや)街道も徳島自動車道の高架を抜け、田んぼとレンコン畑が連なる田園地帯に入ってくると、「大谷焼」と書かれた看板が目に入るようになります。徳島県の代表的な焼き物である大谷焼(おおたにやき)の産地に入ったようです。ちょうど一軒の窯元を見つけたので、尋ねてみることにしました。

県道12号線沿いに見える矢野陶苑さん。

 

お遍路さんが使えた作陶技術

ここ大谷地区でつくられる大谷焼は徳島を代表する焼き物で、鉄分を含んだ赤土で作られる赤褐色の陶器です。寝轆轤(ねろくろ)と呼ばれる独特のろくろを使った大甕づくりが有名で、阿波の特産である藍染にこの大甕が使用されたことから、藍の需要とともに発展してきた歴史を持ちます。

この大谷焼、実はお遍路さんが伝えた作陶技術が元になっています。

1780年(安永9年)に、四国八十八ヵ所霊場に来た豊後の国(大分県)の焼き物細工師・文右衛門が親子5人連れで大谷村山田の里(現在の大麻町大谷)に来て、はじめて轆轤細工を披露し、時の庄屋・森是助が素焼窯を築いて蟹ヶ谷の赤土で作った火消壷の雑器類を焼いたことが始まりといわれる。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)

四国巡礼するお遍路さんが、持っている知識や技術を地域に伝承していく事例は多いようです。大谷焼もその一つで、お遍路さんが阿波の産業技術の発展に寄与した好例ではないでしょうか。

睡蓮の入った大谷焼の大甕。

 

大谷焼の登り窯を見学

矢野陶苑の方に許可をいただいて、登り窯を見せていただきました。登り窯とは斜面を利用した熱の対流で大量の陶器を焼成する窯の形状をさします。大物陶器を数多く産出する大谷焼の登り窯は日本最大級で、国の登録有形文化財に指定されている窯もあって文化的価値の高いものです。今回見学させていただいたのは文化財指定ではありませんでしたが、人がゆうゆうと歩いて入ることができる大きな窯室がいくつもある登り窯でした。

矢野陶苑の登り窯。

登り窯の窯室(焼成室)。

 

【「矢野陶苑」 地図】

 

日本最大級の登り窯(森陶器)

矢野陶苑を後にして、もう少し大谷焼の里を散策してみると、そこで見えてきたのがこの森陶器さんの巨大登り窯。

大谷焼の窯元のひとつ「森陶器」。斜めに建っているように見えますが、これが登り窯です。道沿いに大甕が置かれています。

こちらの登り窯の横にはギャラリーも併設され、陶芸体験などもできるようです。森陶器さんの登り窯は平地に作られた中では日本最大級の窯として国の登録有形文化財に指定されており、迫力ある景観を作り出していました。

 

【「森陶器」 地図】

 

また、大谷焼の里の近くには酒と醤油の醸造所があり、大谷焼をふくめた撫養街道の産業集積が見られます。二つの醸造所と大谷焼には深い縁があり、これについては別記事で紹介していますので併せてご覧ください。

撫養街道の酒と醤油の醸造ロード【撫養街道-自転車散歩6】

 

現在大谷焼の窯元は六か所。各窯元で陶芸体験もできるので、登り窯見学や買い物などを含めて色々と楽しめる場所になっています。お遍路さんが伝えた技術に思いを馳せながら大谷焼の里を訪ねるのも一つの楽しみ方かと思います。

大谷焼の里散策マップ(PDF) http://www.naruto-kankou.jp/download/cource/tougei_ex.pdf

 

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お遍路さん上陸の地である撫養港から一番札所まで、撫養街道を自転車でたどる「撫養街道-自転車散歩」の全行程は下記の記事にまとめてあります。ぜひご覧下さい。

撫養街道-自転車散歩まとめ

 

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廣瀬美音子

札幌で生まれ育ち、結婚を機に香川に移住。地方自治体勤務などを経て、2019年から株式会社四国遍路(https://shikokuhenro.co.jp/)に入社。自転車でお寺とその周辺をめぐる「ポタリング遍路」など、お遍路文化を通じた新しい四国の楽しみ方を模索しています。日本酒とワインが好き。