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お遍路始まりの地、撫養港にシンボル的に存在する標高62mの妙見山。江戸時代の半ばまでは、その山頂に「撫養城」があり、現在は妙見山公園として整備されている城跡には、石垣跡や豪商が建立した妙見神社があります。

 

妙見山に登ってみる

撫養(むや)港界隈を走っていると、山頂にお城を乗せた小さな山が見えてきました。妙見山(みょうけんさん)という山です。

いかにも城らしい城が遠目からもはっきりと見えます。なんだか気になってきたので登ってみることにしました。

城!

ちなみにこの妙見山、坂道の傾斜がきついため自転車での登頂はむずかしいと思われます。徒歩で登ることもできましたが、私は時間の短縮のために一度駐車場に戻り車で行くことにしました(よほど登りが得意な方は自転車で行けるかもしれません)。

 

妙見神社と撫養城址

山頂にある妙見山公園に車を止めて、妙見神社に向かいます。少し坂道を登ると妙見神社と撫養城址の看板が目に入りました。妙見神社の裏手が城の石垣跡となっているようです。

妙見神社前にある解説

史跡 撫養(むや)城址

天正13年(1585年)蜂須加家政が阿波に入国し国内九ヶ所に城塞を設けた。阿波の九城という。撫養城は淡路渡海の押えとして異母弟の益田内膳正忠を城番にし手勢300名をもって守らせた。寛永15年(1638)一国一城の令により阿波九城は破却された。社殿後方の城石は当時の面影を残している。(撫養城址看板より)

文中の蜂須加家政は徳島藩の藩祖とされる人物で、阿波五街道と撫養港の整備を行った人物でもあります。

一国一城令で破却された撫養城の跡に、この神社が建立されたようです。

妙見神社鳥居

ここの狛犬は少し変わっていて陶器で作られています(狛犬の多くは石造り)。鳴門市内には大谷町という有名な焼き物の産地があるので、それではないかと推測されますが、はっきりとしたことはわかりませんでした。

妙見神社の狛犬。地元徳島の陶芸「大谷焼」か?

奥に行くと古い石垣が見えます。撫養城の本丸があった石垣跡だそうです。

妙見神社奥の撫養城石垣跡

 

妙見神社の絵馬殿からの眺め

妙見神社の鳥居を出てすぐに絵馬殿が見えるので向かって見ました。

妙見神社絵馬堂から眺めます。柱の向こうがスコーンと抜けて気持ち良い。

この絵馬殿、建物の奥が崖となっており町が一望できるビュースポットになっていました。眼下に広がるのは、内陸側の風景。まさにこれから走る予定の撫養街道の景色です。

妙見山の絵馬堂からの眺め。内陸側の撫養の町が一望です。

 

撫養城と「トリーデなると」

遠方から見えていた城は神社の隣にありました。

模擬天守である公共施設「トリーデなると」

この天守閣風の建物は「トリーデなると」という公共施設で、市民ギャラリーや会議室として使われている模擬天守閣でした。実際の撫養城には天守閣は存在していなかったようです。コスプレの撮影場所としても人気だとか。

 

商売繁盛の願いを受ける市杵島姫神社

妙見山を降りて、またしばらく周囲を散策しました。山道をおりて目の前にあったのはこの市杵島姫(いちきしまひめ)神社。

市杵島姫神社は宗像三女神のひとりである市杵島姫をお祭りする神社。この女神は水を司る神様で弁財天と同一視され、航海安全や財運向上などにご利益があるといわれています。この町の豪商によって建てられたもので、撫養の海運業の歴史に縁深い神社であるといえます。

市杵島姫神社社殿の天井絵には数多くの家紋と商人が用いる屋号が並んでおり、商売人の崇敬の歴史を感じることができました。

市杵島姫神社拝殿の天井絵。家内安全と商売繁昌の文字が並んでいます。

 

妙見山界隈にある神社から、海運業で栄えた町の痕跡をみることができました。桜の名所としても有名なので、春に訪れるのもよいかと思います。

 

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お遍路さん上陸の地である撫養港から一番札所まで、撫養街道を自転車でたどる「撫養街道-自転車散歩」の全行程は下記の記事にまとめてあります。ぜひご覧下さい。

撫養街道-自転車散歩まとめ

 

【「妙見山公園」 地図】

 

 

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廣瀬美音子

札幌で生まれ育ち、結婚を機に香川に移住。地方自治体勤務などを経て、2019年から株式会社四国遍路(https://shikokuhenro.co.jp/)に入社。自転車でお寺とその周辺をめぐる「ポタリング遍路」など、お遍路文化を通じた新しい四国の楽しみ方を模索しています。日本酒とワインが好き。