愛媛県松山市の中心市街地にある「城山公園」は、松山城跡のほぼ全域を都市公園として整備したものです。園内には、松山城に関連する多数の重要文化財や、広大な広場、多様な公共施設などがあり、桜の名所としても有名です。
松山城跡に整備された都市公園「城山公園」
愛媛県松山市の市街地中心部に屹立している「勝山(かつやま)」にかつて、山頂に本丸、南西麓に二の丸、次いで三の丸が築かれたのが「松山城(まつやまじょう)」で、 日本三大平山城ともされる偉容が現代にも姿をとどめています。築城者で賤ヶ岳の合戦で有名な七本槍の1人である加藤嘉明(かとうよしあき)がこの地を「松山」と命名したことにより、松山という名の街が生まれました。
明治に入り失火により二の丸と三の丸が消失しましたが、その後の廃城令や失火をくぐり抜け、山頂には今日なお天守がそびえ立っています。国指定重要文化財に指定されている門・櫓・塀を多数備え、狭間や石落とし、高石垣などを巧みに配し、攻守の機能に優れた連立式天守を構えた平山城です。
※松山城に関しては、以下リンクの記事で詳しく紹介していますので、こちらもぜひご覧ください。
【松山城】全国屈指の複雑な造りと現存12天守のひとつである希少な連立式天守
明治時代の廃城令の翌年の明治7年(1874年)に、本丸一帯は公園として開設されましたが、二の丸・三の丸は陸軍の施設となりました。昭和時代になって戦後の昭和23年(1948年)に、城山 (本丸・二の丸)と堀之内(三の丸)を含む全域が歴史公園 「城山公園(しろやまこうえん)」として計画決定され、 堀之内には、5年後の昭和28年(1953年)に開催が決まっていた国体の主会場として、野球場、テニスコート、プール、ラグビーなどの各種スポーツ施設や文化施設が整備されていきました。
たくさんのビュースポットがある桜の名所
城山公園では、季節によって桜やツツジなどいろいろな花がお堀沿いに咲き誇ります。特に桜の名所として知られていて、日本さくら名所100選にも選定されていますので、花見の時期には花見客で大盛況です。
堀之内地区には広さ3.25haの「やすらぎ広場」、3.32haの「ふれあい広場」、0.84haの「さくら広場」などが広がり、散歩やランニング、キャッチボールなどの軽スポーツを楽しむ人を多く見かける市民の憩いの場になっていて、各種イベント会場としても利用されています。
眺めの良いポイントとして、平地に近い堀之内公園西側土塁からの天守・各櫓を眺め、二之丸史跡庭園勝山亭からの二之丸史跡庭園を眺めをあげることができます。松山城天守への登山道では、隠門続櫓の東側広場から松山市街地が良く見えるほか、馬具櫓手前から西側を望むことができ、小天守からは二之丸史跡庭園を眺めることができます。天守からの眺めは、東向きは道後温泉方面、西向きは遠くに瀬戸内海が見え、南向きは本丸広場が一望でき、北向きは学校が集まる文京町と、いろいろな景色を楽しむことができるビュースポットです。
戦後すぐにつくられた野球場などのスポーツ・文化施設は老朽化が進み、この場所での建て替えを望む市民の声もありましたが、「史跡・松山城跡」の貴重な文化財を保護する観点から、平成5年(1993年)に松山市は施設の移転を決定しました。 史跡とは、歴史上重要な事件や施設などがあった場所を、文化財保護法に基づいて文部科学大臣が指定する重要な記念物のひとつで、貝塚、古墳、城跡などが対象となります。代表的なものに高松塚古墳(奈良県明日香村)、吉野ヶ里遺跡(佐賀県吉野ヶ里町)、平城宮跡(奈良県奈良市)、原爆ドーム(広島)などがあります。
このような施設移転などを経て、松山城跡として大切に保護されるとともに、市民の憩いの場になってきた城山公園は、日本の都市公園100選、日本の歴史公園100選にも選ばれる愛媛県を代表する公園のひとつになっています。
※日本の都市公園100選、日本の歴史公園100選については、以下リンクの徳島中央公園の記事で詳しく解説していますので、ぜひこちらもご覧ください。
【徳島中央公園】徳島城跡に整備された地元住民の憩いの場であり観光名所
現在の城山公園の敷地内には、NHK松山放送局、 愛媛県美術館、愛媛県立図書館、松山市民会館などの各種公共施設が集積していて、日々たくさんの人が訪れます。ただし、なんといっても圧倒的な存在感を示すのは、愛媛ゆかりの俳人・正岡子規(まさおかしき)が詠んだ著名な句「松山や秋より高き天守閣」のとおり、まるで山を天守台にするかのような雄大な本丸です。
お遍路道中でも松山市中心市街地に宿泊などで立ち寄るお遍路さんは多いですし、市街地のいろいろなところから見つけることができる松山城天守ですので、ぜひ城山公園を散策して、松山市の歴史と素晴らしい景観を楽しんでみてください。
【「城山公園」 地図】