【20番札所鶴林寺→別格3番札所慈眼寺】現代の車道登山口にある「奥之院」を示す標石

現代ではマイカー遍路やバス遍路が20番札所鶴林寺へ向かう分岐点にサイズの小さな標石が残されています。鶴林寺周辺エリアで多数みられる「奥之院」への案内が示されており、かつては鶴林寺から下山してきたお遍路さんがこの標石を見ていたと推察します。

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現代の20番札所鶴林寺車道登山口にある標石

かつての四国遍路では20番札所奥之院である慈眼寺への参拝がとても奨励されていたことが、こちらの標石を含むこのエリアの複数の標石からみてとれます。

 

標石が立っている場所

現代の20番札所鶴林寺車道登山口にある標石_立地

この標石がある場所は鶴林寺へ向かう道路の登り口にあたりますが、歩き遍路ではあまり通る場所ではなく、徒歩であればこの場所を経由するより早くて近い遍路道があります。

マイカーや観光バスで20番札所鶴林寺を目指すのであれば、この交差点を分岐しこの道を進んでいきます。一方通行ではありませんので対向車もやってきます。平年のマイカー遍路・バス遍路はほぼ順打ちなので、対向車とすれ違うことは少ないと思いますが、4年に1度の閏年に関しては逆打ちが増えますので、山の上から大型バスが下りてくることも十分に考えられます。
道幅は写真の通りで対向車の離合ができない区間のほうが多いくらいの狭さですので、歩きお遍路さんの険しい登山に限らず、運転が不慣れなマイカーお遍路さんにとっても難所となるのが、阿波三大遍路ころがしのひとつで「二のお鶴」こと鶴林寺への遍路道です。
※歩き遍路道登山口にある標石に関して、以下リンクの記事でご紹介していますので、こちらもぜひご覧ください。

【20番札所鶴林寺登山口】愛知県の珍しい地名が記された札所距離が正確な標石

 

標石正面に表記されている内容

現代の20番札所鶴林寺車道登山口にある標石_正面

こちらの標石の主たる情報は奥之院、すなわち20番札所奥之院であり別格3番札所でもある慈眼寺を案内しているのだと思います。


<正面>
番十二
右(浮彫袖付き指差し)
おく能いん

※能の変体仮名


ここで案内されている「おく能いん(=奥之院)」が、20番札所奥之院であり、現代では別格3番札所慈眼寺だとすると、こちらの標石を当時の歩きお遍路さんが目にするとしたら鶴林寺から下山して慈眼寺へ向かうときに目にするものだったのかな、という印象です。実際この場所は鶴林寺への歩き遍路登山口よりやや西に位置していて、慈眼寺へ向かう際は歩きとしてもこの場所へ下山するほうが近道になります。
※鶴林寺の麓で同様に20番札所奥之院慈眼寺を案内している標石に関して、以下リンクの記事でご紹介していますので、こちらもぜひご覧ください。

【19番札所立江寺→20番札所鶴林寺】二つの奥之院が案内されている中務茂兵衛標石

【別格3番札所慈眼寺→20番札所鶴林寺】鶴林寺への別ルート登山道を示す中務茂兵衛標石

 

標石右面に表記されている内容

現代の20番札所鶴林寺車道登山口にある標石_右面

「二十番」とは鶴林寺のことですが、正面の奥之院表記と比べて扱いが少しだけ簡素な気がします。


<右面>
左(浮彫袖付き指差し)
二十番


この面の案内が簡素に見えることから、ここでのメインターゲットは鶴林寺から下山したお遍路さんで、奥之院の方角を知らせることなのかなと感じました。

 

標石左面に表記されている内容

現代の20番札所鶴林寺車道登山口にある標石_左面

2名の施主が記されていて、建立年度は記されていないものの町村名からそれを推察してみます。


<左面>
施主
讃岐國大川郡三本松●田●三郎
筑前國遠賀郡芦屋町●●


讃岐國大川郡三本松→現・香川県東かがわ市三本松
筑前國遠賀郡芦屋町→現・福岡県遠賀郡芦屋町(おんがぐんあしやまち)

三本松は香川県東部の街で、平成29年(2017年)第99回全国高等学校野球選手権大会に域内にある香川県立三本松高等学校が出場し、公立高校で唯一ベスト8に進出したことが話題になりました。同校の創立は明治33年(1900年)なので、こちらの標石と同じかそれより古い歴史を持っているかもしれません。
※標石には建立年度は記されておりません。

現代の20番札所鶴林寺車道登山口にある標石_左面下部

福岡の芦屋は、全国区では兵庫県の芦屋が知名度に勝りますが、一部の趣味の人々にはよく知られている街です。

もう一方の施主在所である「芦屋」ですが、その地名を耳にして思い浮かべるのは兵庫県神戸市の隣に位置し高級住宅街を擁する街ではないでしょうか。ですがここではそちらではなく福岡県の芦屋です。町内に航空自衛隊芦屋基地があり、例年秋に行われる航空祭には大勢の航空ファンが芦屋に訪れます。

標石の建立年度が記されていませんが、

明治22年(1889年)4月1日 町村制施行により遠賀郡芦屋村発足
明治24年(1891年)6月 町制施行により芦屋町

こちらの標石に芦屋町と記されているので、明治24年以降の建てられたことになりそうです。

 

標石メモ

発見し易さ ★★★★☆
文字の判別 ★★★★☆
状態    ★★★★☆
総評:歩き遍路ではあまり通らない場所にあります。石の状態が良く内容が簡潔で読み取りは難しくありません。

※個人的な感想で標石の優劣を表すものではありません

 

【「現代の20番札所鶴林寺車道登山口にある標石」 地図】

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この記事を書いた人

四国遍路案内人・先達。四国八十八ヶ所結願50回、うち歩き遍路15回。四国六番安楽寺出家得度。四国八十八ヶ所霊場会公認先達。 高松市一宮町で「だんらん旅人宿そらうみ(http://www.sanuki-soraumi.jp/)」を運営。