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香川県高松市のシンボル的存在「屋島」の西に注ぐ「新川」には、豊玉姫命の上陸と遡上の伝説があります。
遡上経路である新川沿いには、レイラインを意識した聖地が点在しており、その起点である「屋島寺」「浦生」から考察を始めます。

屋島寺と浦生

源平合戦の主戦場として知られる「屋島(やしま)」は、「讃岐レイラインの大動脈【善通寺と屋島を結ぶ讃岐の基準線】」の記事でも取り上げたように、讃岐レイラインの重要なポイントであると同時に、第84番札所「屋島寺」の所在地でもあります。
古代には、屋島の頂上に山城が築かれ、瀬戸内海防衛の重要拠点でした。
近年、「屋嶋城」の大規模な石垣が再現され、威容を見せています。

その屋島の西麓海岸には、「浦生(うろ)」という地名があります。
この名は、海運物資の集積場を意味する「室」が訛った言葉ともいわれ、実際に、屋嶋城に繋がる陸揚げ港が古代にあったと伝えられています。
当時、浦生から屋島寺へ至るには、北嶺と南嶺の間の大谷を登って屋嶋城へ入りました。
大谷は、鑑真谷や弘法谷とも呼ばれ、屋島寺に所縁のある高僧が辿った記憶が残されています。

浦生には「鵜羽(うのは)神社」があります。
ここに伝わる由来では、豊玉姫命が鵜草葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト)を出産した場所であるとされています。
記紀神話では、豊玉姫命は火遠理命(=山幸彦)との間に鵜草葺不合命を産みますが、出産時の姿を見てはいけないという約束を火遠理命が破ったために、本性の八尋大熊鰐(ヤヒロワニ)の姿となって、故郷の綿津見国へ帰ってしまい、豊玉姫命の妹である玉依比売命が鵜草葺不合命を養育したとされています。
鵜草葺不合命は、長じて叔母の玉依姫命との間に子を成します。
それが、神倭伊波禮毘古命(カムヤマトイワレビコノミコト)、つまり神武天皇です。

屋島西麓の浦生にある鵜羽神社。ここで、豊玉姫命が鵜草葺不合命を産んだと伝えられている。

ちなみに、この鵜羽神社の沖の海中には大きな磐座(「鰭石(ひれいし)」と呼ばれる)があるとされ、それは高松市南部にある三石および流石の四石と関連があるとされています。
三石はそれぞれに「伏石神社」「立石神社」「居石神社」の社があって、その祭神は玉依比売命であることから、豊玉姫命との関係もうかがわせます。

浦生に注ぐ「新川(しんかわ)」の上流には、和爾賀波神社と鰐河神社という同名異字の二社がありますが、いずれもその由緒は同じで、海から豊玉姫命が遡上してきて、そこに鎮座したとされているのです。
そして、新川の沿岸には、この二社だけでなく、多くの聖地が点在しています。豊玉姫命伝説同様に新川を遡上しながら、その聖地を見ていきましょう。

浦生から新川沿いに多くの聖地が点在している。これは豊玉姫命の足跡を物語っているのだろうか。

※「豊玉姫の聖地とレイライン―屋島から新川を辿る―」は以下リンクの記事に続きます。

豊玉姫の聖地とレイライン―屋島から新川を辿る―【「池戸八幡神社」編】

 

【「浦生 鵜羽神社」 地図】

 

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内田一成

聖地と呼ばれる場所に秘められた意味と意図を探求する聖地研究家。アウトドア、モータースポーツのライターでもあり、ディープなフィールドワークとデジタル機器を活用した調査を真骨頂とする。自治体の観光資源として聖地を活用する 「聖地観光研究所--レイラインプロジェクト(http://www.ley-line.net/)」を主催する。