24番札所最御崎寺のすぐ近く、国道55号線沿いの一角に多くのお地蔵さんが祀られている場所があります。ここは「水掛地蔵堂」といって、海難事故で亡くなった人たちの弔いの場として室戸の人々に大切にされている場所です。
国道55線沿いに並ぶたくさんのお地蔵さま
24番札所最御崎寺(ほつみさきじ)への登り口近くにある「水掛地蔵堂(みずかけじぞうどう)」。たくさんのお地蔵さまが海に向かう形で並んでいます。
ネット上の情報によると「弘法大師が有縁無縁の仏の菩提をとむらうために建立した」と説明されていますが、お地蔵さまの多くは海難事故で亡くなった人を弔うもののようです。個人的には室戸の人々の海との関わりの深さを強く感じる場所でした。
室戸の遠洋漁業の発達と海難事故 − 第十一昌栄丸の事例
お地蔵さまの台座に船の名前が刻まれているものが数多くみられます。
供養の場なので写真を撮りすぎると失礼かと思い、心の中でお地蔵さまにお断りを入れて一枚だけ正面から写させていただきました。
あとで「第十一昌栄丸」について調べてみたところ、wikipediaの海難事故の一覧に記載がありました。
1974年11月9日
和歌山県南端の潮岬沖でリベリア船籍の貨物船「オーシャン・ソリバーン」が高知県のマグロ漁船「第十一昌栄丸」に衝突、「第十一昌栄丸」は転覆・沈没。死者行方不明14名。
捕鯨の町として栄えた室戸ですが、明治期に入ると古式捕鯨は衰退します。一方で船の動力化が進み遠洋漁業が可能になり、1970年代には室戸のマグロ漁が最盛期を迎えることとなります。こうして室戸の発展を支えた遠洋漁業ですが、そのことが規模の大きい海難事故を引き起こす要因にもなっていたようです。
第十一昌栄丸の事故も、それほど遠くない過去の出来事です。室戸の海で働く人たちやその家族にとって、こうした事故は今でも身近なものなのだろうと思います。
「水掛地蔵」 − 水をかける意味
「水掛地蔵」というと一般的なお寺では、”水をかけてお地蔵さまを清めご利益をいただく”、といった解説が多く見られますが、この室戸の「水掛地蔵」は、ご利益の意味ではなく「海難事故で真水を欲しがりつつ亡くなった人たちのために、水をかけて供養する」という意味が込められているようです。
縁者でないものが水をかけていいのかわからなかったので、水をかけるまではしませんでしたが、お地蔵さまに手を合わせてからこの場所を後にしました。
現在も海との関わりが深い室戸にあって、「水掛地蔵」はとても身近な供養の場なのだと感じました。ここまできたら、24番札所最御崎寺はもうすぐです。その前にこの「水掛地蔵堂」で、海で亡くなった人に思いを致して、少しだけ手を合わせてみてはいかがでしょうか。
【「室戸の水掛地蔵」 地図】