寺院建築を見るときに屋根の庇部分の裏側をまじまじとご覧になったことはありますか?寺院建築の楽しみ方をご紹介するシリーズの第三弾、大工の技術の結集である、注目すべき軒裏に関して解説します。
軒裏とは
建築物の屋根が庇(ひさし)のように建物の壁のラインから出ている部分を「軒(のき)」、その裏側を「軒裏(のきうら)」といいます。
普通の住宅では、軒が出ていても1尺(30cm)から2尺(60cm)程度で、その裏側のことなどあまり見たり考えたりすることはありませんが、神社仏閣の建築物では重要な部分で、そこに大工の技術が集約されています。
お遍路などで寺院を訪れた際にはぜひ軒裏に注目していただきたく、この記事で詳しく解説していきます。
美しく見せる「化粧垂木」
屋根を支える角材のことを「垂木(たるき)」をいい、屋根の形に沿って並べられ、その上に野地板(のじいた)という板を貼り、瓦などの屋根材を置いていきます。
ですので、建物の壁のラインまでは垂木は目に見えず、軒裏に出てくると見えます。基本的には見せる必要のないもので、住宅では軒裏でも隠されていることが多いです。外に見えている垂木のことを「化粧垂木(けしょうたるき)」といいます。
寺院の建物は背が高く、軒の出が少ないと、風の影響などで建物の壁に雨があたりやすいので、できるだけ軒を出そうとしてきました。しかし、軒は出せば出すほど荷重がかかりますので、強い構造が必要になります。
そのため垂木を太くしたり、本数を増やしたりしてきました。さらに、高い建物で軒を出すと、普通はあまり見にとまらない軒裏部分が下からよく見えるようになり、建物の外観に大きく影響します。
塔のように高い建物になると、下から見上げたらほとんど軒裏しか見えないほどです。
そこで、のっぺりした見た目にならないように、垂木を二重にするなどして立体的に見せる方法が発達してきました。
さらに、小口(こぐち)を塗装することもあります。小口というのは建材の先端の部分で、ここを白く塗ることでメリハリが出て1本1本の垂木の見た目の主張が強くなります。
化粧垂木の1本は、幅(横)2寸から3寸、高さ(縦)は3寸から4寸ですが(1寸は約3.03cm)、加工と本数を考えるとかなりの割合を占める部材です。実際には上向きに反っていますので、取りたい寸法の1.5倍から2倍ほどの材料が必要になります。
化粧垂木という通り、目に見える部分には木の節(フシ)がないキレイなものを選びますので、流通量も少なく、価格は他の部材の2倍から3倍になります。
ちなみにここで豆知識ですが、社寺建築を建てたり修理したりする際には、メートル法ではなく現代でも尺貫法が使われています。1尺は約30.3cmです。これは畳の寸法から発生していて、畳1枚の長い方が6尺つまり約1.8m、短い方がその半分の3尺つまり約90cmなので、現代の日本の一般住宅もまだその基準が残っています。面積でも坪という単位が使われ、畳2畳分が1坪となります。現代の住宅でもたとえばユニットバスでは「1坪サイズ」などと表記されています。
軒を支える「組物」
「組物(くみもの)」とは、柱の側面や上から横向きに木材を出して、それを何度か組み上げて屋根を支えている部材のことをいいます。専門用語では肘木(ひじき)とか大斗(だいと)とか枡形(ますがた)など部材ごとに呼び名が違ったりしますが、たくさんの部材があるのでまとめて組物と呼ぶことにします。
組物は、化粧垂木と併せて建物の中でももっとも手間と時間をかける部分です。
重い軒を支えるのに、つっかえ棒みたいなもので斜めに入れればいいのですが、それではあまりにも見栄えが悪く、神さまや仏さまに来ていただく大事な建物という思想に反してしまいます。効率性や経済性とは真逆で無関係な世界観です。
1段階から3段階くらいまで出すことが多く、1手先、3手先といいますが、軒の出の長さやかかる荷重によって決めています。
もっとも荷重がかかる隅の部分にはひときわ太い隅木(すみぎ)を伸ばしています。特に重い瓦屋根では、隅の部分に隅棟(すみむね)と先端の鬼瓦(おにがわら)を支えることになり、場合によっては1000kg近い重量になることもあります。
隅の部分には特に組物を集中させて、荷重を分散させています。
組物が受け取った荷重はすべて柱に伝えられます。ですので社寺建築の柱は太く、丈夫になっています。また、柱や各部材は木材でも耐久性が高いヒノキやケヤキが使われています。
このように、寺院や神社の建物は見栄えだけではなく長い年月持ちこたえる耐久性も考えた造りになっています。
「あみだくじ」の由来
お遍路でもそれ以外でも、寺院や神社を訪れたときは、遠くからは屋根のラインや全体のバランスを見て、近くまで来たら軒裏を見上げてみてください。細かい工夫などでどう見せようとして作っているのか、隅の部分をどうやって支えているのか、そして柱の上や軒先にかかる屋根の重量がどこをどのように伝って地面まで降りてきているのか、重さの流れを目で追っていると、まるで「あみだくじ」をしているようです。
「あみだくじ」とは、昔は真ん中から外に向かって放射線状に人数分の線を書いて、それを引いたものだったため、阿弥陀如来の後光に似ていたことから名付けられたという説もありますが、実は諸説あり、このような社寺建築の建物の組物や柱からきているという説もあります。
ここまでご紹介してきた「軒裏」には、大工の知恵と技術と経験が総動員されています。お遍路で札所に行った際は、ぜひ軒裏の美しさや複雑な造りで重みを支える技術に注目してください。
※寺院建築の楽しみ方に関しては、以下リンクの記事に続きますので、引き続きぜひご覧ください。