愛媛県今治市にある乗禅寺は、醍醐天皇の勅願寺でもあった古刹で、密教の世界観を表す国指定重要文化財の石塔群が見どころです。愛媛県出身のサッカー・長友佑都選手ともご縁がある寺院です。
醍醐天皇の勅願寺であった「乗禅寺」
愛媛県今治市にある「普門山瑞應院乗禅寺(ふもんざんずいおういんじょうぜんじ)」は、真言宗豊山派の寺院で、平安時代の898年、60代醍醐天皇の時代に、病気治癒が得意なこの地方の名僧(頓魚上人と伝わる)により建立されたという長い歴史をもった古刹です。
伊予国分寺の巡視に立ち寄り帰朝した菅原道真から頓魚上人の法力仏力の効能を聞かされた醍醐天皇が、祈願を依頼したところ病気がすぐに治り、以後も天皇の親任があつかったことから勅願寺となり、当時の元号「延喜(えんぎ)」をとって乗禅寺がある地域の名も延喜となったことから「えんぎ観音」の名でも地域に親しまれています。
今治市中心街から西へ約3km、車で10分ほどの立地で、路線バスの最寄バス停もあるので、アクセスは良いです。乗禅寺から500mほど南に四国八十八ヶ所霊場の54番札所延命寺がありますので、お遍路道中でも立ち寄りやすいです。
密教の世界観を表す国指定重要文化財の石塔群
乗禅寺の見どころは、国の重要文化財に指定されている鎌倉時代末期から南北朝時代の石塔です。お寺の裏山に11基の石塔がコの字型に整然と並んでいます。もともとは山中に別々に立っていたのを1704年に1ヶ所に集めたといいます。
北側の奥正面の1326年の記年銘のある五輪塔を中心に、左右に宝篋印塔(ほうきょういんとう)が1基ずつ、計3基が立ちます。東側には、奥から石造宝塔(せきぞうほうとう)、宝篋印塔、1326年の記年銘のある宝篋印塔、五輪塔の計4基が並び、西側には、奥から石造宝塔、1357年の記年銘のある宝篋印塔と2基の五輪塔、計4基が並びます。
高さは2m前後のものが多く、一部を欠いている石塔もあります。 五輪塔は、密教の世界観である地・水・火・風・空の5大元素をもとに、方形の地輪(ちりん)、円形の水輪(すいりん)、三角形の火輪(かりん)、半円形の風輪(ふうりん)、宝珠形の空輪(くうりん)を下から上へと積み上げて塔にしたものです。
宝篋印塔は、方形の基台に四角形の塔身をすえ、四隅に突起の付いた階段状の方形屋根を置いて、上に相輪(そうりん)を立てた塔です。石造宝塔は、方形の基台に上部を丸く面取りした円筒形の塔身をすえ、方形屋根を置いて上に相輪を立てています。
乗禅寺の石塔は墓塔であり、仏や菩薩を梵字(ぼんじ)で表した種子(しゅし)のほかに、銘文や細かい模様などが刻まれています。
「密教」とは
乗禅寺の五輪石塔は密教の世界観を表していますが、そもそも密教とは何でしょうか。仏教とは違うのでしょうか。
日本では、一般に平安仏教の一宗派である真言宗が代表的な密教といわれています。大乗仏教の中のひとつとして密教がありますが、仏教とは大きく違う点がいくつかあります。大きく違うのは、仏教はお釈迦様の教えの通り、人間が生きている世界は苦に満ちていて、修行することで成仏・解脱ができるようになる、という考えなのに対して、密教ではすべては大日如来が元になっていて、今生きているこの世で生きながら仏になることもできる(即身成仏)、ということです。平たく言うと仏教は基本的に来世以降のために生きるのに対して、密教はこの世をどう生きるかに軸を置いています。
インドから中国へ伝わった密教を日本へ持ち込んだのは弘法大師空海です。空海の少し前に比叡山延暦寺の最澄が密教の傍流の一部を伝えていますが、本格的な密教ではありませんでした。
仏教とは少し性格が異なる密教ですが、1200年にわたって私たち日本人の精神の支えになっています。
サッカー・長友佑都選手とのご縁
乗禅寺は、今治市の隣の西条市出身でプロサッカー選手の長友佑都さんと深くかかわりがあります。長友選手のお母さんがよくここへお参りに来るとのことです。
長友選手は学生時代は特別目立った選手というわけではなかったようで、東福岡高校在籍時にはなかなかレギュラーにもなれなかったといいます。長友選手のことを思い、お母さんがこの乗禅寺を訪れ祈願したら、そこからレギュラーを獲得して活躍が始まったそうです。それがご縁で今でも長友選手とお母さんが乗禅寺を訪れているとのことです。
本堂にはイタリアのインテル、マルセイユなどに在籍していた長友佑都選手のユニフォームが飾られていて、長友選手の足形がお賽銭箱の近くにあり、スポーツ選手が活躍を祈願するとご利益がありそうですし、サッカーに興味がある人にも訪れてみてもらいたい寺院です。
都から離れた四国の地にも昔から数多の名僧が生まれ、天皇と深い関係を築いた寺院も存在し、乗禅寺もそのひとつです。国指定重要文化財の石塔群も歴史的価値がたいへん高く、密教の世界観を感じるのにも好適です。
【「乗禅寺」 地図】