【寺院建築の楽しみ方⑤】地震による倒壊を防ぐ基礎・土壁・接合部の工夫

寺院や神社の建物も、現代の木造建築物も、主な材料は木材で共通ですが、建て方は大きく異なり、特に基礎・土壁・接合部に違いがあります。寺院建築の楽しみ方をご紹介するシリーズの第五弾、地震による倒壊を防ぐ工夫をご紹介します。

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基礎「石に乗っているだけ」

現代の木造建築の基礎は、コンクリートで枠を作り、その上に土台を置いて柱を立て、金物などで固定しています。底辺部分もすべてコンクリートを流し込んで地面からの湿気を遮断した「べた基礎」と呼ばれる工法で造られています。
これに対して、寺院の建物は地面に「礎石(そせき)」という平たい石を埋め、その上に柱を乗せるだけで、しかも固定しない「礎石立ち」という工法が採用されています。

硬いコンクリートで固めて、さらに金具でしっかり固定する現代の工法の方が、地震の揺れに対して対抗できそうなイメージがあると思います。
しかし、寺院にあるような大きな建物になると、かえって「遊び」がある方がいいこともあります。
人間で例えると、足元を固定されているところに揺れを加えられると、足は動かないけれど上半身が倒れてしまいます。しかし、足が固定されていない状態であれば、揺れたときに足を前後左右に動かしてバランスを取ることができます。

寺院の建物は、揺れたときに柱が石の上で小刻みに動くことで一定のバランスを取り、揺れを逃がす構造になっています。
そのためには、壁や接合部もがっちり固定されず、柔軟に接続されていることでその効果がさらに上がります。

寺院建築_基礎_礎石_柱

寺院や神社の建物の基礎部分が、このように石の上に柱が乗った構造になっていることを目にしたことがあると思いますが、具体的な仕組みや機能まで考える機会はあまりないのでは。

 

 

土壁・接合部「揺れを逃がす工夫」

現代の建築物の壁は、柱と柱の間に硬いボードを貼り、さらに外壁にもサイディングボードを貼っていますので、壁紙が貼りやすく、防水性が高い造りになっています。少々の地震では、壁が割れたり壊れることはありません。

それに対して、寺院の建物の壁は土壁(つちかべ)に漆喰(しっくい)を塗ったもので、割れやすく剥がれやすいものです。なにより、作るのに手間がかかります。
ところが、基礎のところでもご紹介したように、寺院の建物は微妙に動くことでバランスを取り、揺れを逃がしたり吸収したりしています。地震で建物が揺れたとき、土壁や漆喰が割れたり壊れたりすることで揺れを和らげる効果があるのです。

寺院建築_土壁

土壁にひびが入ったり割れやすかったりするのも、揺れを逃がす工夫のひとつなのです。

木造建築物の骨格は、縦の柱と横の梁(はり)や貫(ぬき)でできあがっています。柱と、梁や貫が交差するところは、ホゾという加工をして組み合わせています。現在の建物では金物やプレートでしっかりと固定しています。
地震が発生して揺れた時、がっちり固定されている方が動かないので良さそうに思えますが、寺院のような大きな建物だと、一定以上の力が加わると柱がボキッと折れてしまいます。
土壁と同じように、梁や貫が外れたり、ズレたりすることで、柱が動きやすくなり、揺れを逃がしたり吸収しやすくなるようにしているのです。

しかし、寺院の建物でも現代でこれから新築しようとすれば、基礎はコンクリート、壁はボード、接合部は金物を使用しなくてはいけません。建築の許可を取るには、建築基準法に合格しないと建てられないからです。

 

五重塔「現代の建築基準法では建てられない」

木造と鉄筋コンクリート造りでは基準が違いますが、木造のほうがより耐震性などの基準が厳しく設定されています。ところが五重塔のような塔建築では、建築基準法に定められているような、たとえばコンクリート造りの基礎に土台を乗せることとか、木材同士の接合部分は金具で緊結・固定するとか、ほとんど基準に適合することができません。

五重塔は礎石という平らな石の上に柱を乗せ、真ん中の心柱は立っているだけ(浮いていることもあります)で各階には固定されておらず、地震の際は柱が動いたり各階が互い違いに揺れることで力を分散して倒壊しないという構造になっており、建物を揺らさないという現代の耐震基準とはまったく違う思想の、しいていうと制振構造になっているのです。
いいかえれば、現代の基準に合った五重塔を建ててしまうと、地震で倒れてしまうのです。そうでなければあんなにひょろっと高い建物が耐えられるはずもありません。

現代で日本国内で新しい建物を新築する際には、国が定める建築基準法に適合しなくてはなりません。
建築基準法ができた昭和25年(1950年)以降、昭和の時代にもいくつかの高い塔が建築されています。

たとえば昭和55年(1980年)には、奈良の薬師寺で西塔が新築されています。この時は棟梁の西岡常一さんと行政との間でかなりのバトルがあったことが知られています。
薬師寺は一部に鉄骨や金属プレートを導入することでなんとか建築許可が取れています。四国八十八ヶ所霊場の札所にも同時期に新築例がありますが、おそらく特例的に、お互い譲歩しながら新築へ漕ぎつけたものと思われます。
しかし、現代ではもう同じように木造の五重塔の新築をするのはほぼ不可能だと思います。法がより厳しくなり、役人も例外を認められない環境で、なにより建てられる宮大工の技術が衰えてしまいました。
当時、役人たちを説得したのは、腕のある宮大工たちだったのです。そう考えると、過去の偉人たちが残した素晴らしい建築にリスペクトを感じざるをえません。

寺院建築_五重塔

昔の工法で木造五重塔を造ることは難しくなっているからこそ、現代に残っている歴史的建造物を大切に、そして楽しみたいものです。

 

ここまで、昔の寺院建築がどのようにして揺れを逃がし倒壊を防いでいたかをご紹介しました。現代では建築に対する考え方が変わり、昔の工法で昔のような建物を建てることは難しくなってしまったのが残念です。
新築できないということは、長い歴史を持つ建物は二度と再現ができない貴重な文化財でもあるので、昔の職人さんの苦労や工夫を想像しながら観賞を楽しみ、次の時代にも受け継いでいきたいものです。

※寺院建築の楽しみ方に関しては、以下リンクの記事に続きますので、引き続きぜひご覧ください。

【寺院建築の楽しみ方⑤】地震による倒壊を防ぐ基礎・土壁・接合部の工夫

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この記事を書いた人

建築・不動産・旅のテーマが得意なライター。社寺系ゼネコンに勤務経験があり、四国八十八ヶ所霊場の札所建築物の改修工事に携わったことがあります。仏教に興味があり、2022年には四国のお遍路巡礼もしました。ライターとは別名義で作家として小説も書いています。