【香川県まんのう町】まんのう町と三豊市の境に立つかつての人の往来の痕跡を感じる自然石の標石

香川県まんのう町と三豊市の境に立つ自然石の標石は、人々の道の選び方を今に伝えています。標石に刻まれた行き先と立地に残された痕跡から、この標石が語るものを考察します。

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まんのう町三豊市境標石

交差点北西に郡界石、交差点南東に自然石の標石が立っていて、両者の位置関係を把握することで、標石が置かれた意味が見えてきます。

※同じ交差点の斜め向かい側にある郡界石に関して、以下リンクの記事でご紹介していますので、こちらもぜひご覧ください。

【香川県三豊市財田町】周辺の主要地点への距離が示されている仲多度郡と三豊郡をわけた「郡界石」

 

標石が立っている場所と郡界石の位置関係

まんのう町三豊市境標石_郡界石との位置関係

郡界石は交差点の北西側に、自然石の標石は南東側に位置しており、両者は交差点を挟んで対になる関係にあり、この配置からここが行政上・交通上の区切りとして意識されていた地点であったことがわかります。

北(写真左)方向の道は現在行き止まりとなっていますが、このことから往時には三叉路として機能していたと推測することができます。

まんのう町三豊市境標石_まんのう町側から三豊市側

まんのう町側から交差点を眺めると、左へ行くと讃岐財田駅を経由して阿讃國境の猪鼻峠方面です。

郡界石はあくまでこの場所の位置関係を確認するための手がかりです。ここからは、この地点に据えられた自然石の標石そのものに目を向けていきたいと思います。

 

自然石標石に刻まれている文字は

まんのう町三豊市境標石_正面

自然石の標石に刻まれた文字は「者志くら」「志ほ以り 道」と読み取ることができます。


右 者志くら
左 志ほ以り 道
山脇青年會


「者志くら(はしくら)」は、別格15番札所箸蔵寺を指しています。「は」の字は「者」、「し」の字は「志」の変体仮名で表されています。

「志ほ以り(しおいり)」は、現在の香川県仲多度郡まんのう町にあたる塩入を示しています。こちらでは、「し」は「志」、「い」は「以」の変体仮名が用いられています。

金毘羅大権現と箸蔵寺を行き来する道は、一般に箸蔵街道(または金毘羅街道)と呼ばれますが、この標石を見るかぎり、樅ノ木峠を越える近道よりも、塩入を経由する迂回ルートのほうが重視されていたように見えます。

塩入経由の道は大きな山越えがなく、弘法大師空海ゆかりの満濃池を経由できる点が特徴です。こうした立ち寄り先の存在は、距離以上の価値を旅人にもたらし、結果としてこのルートが多く利用されていた可能性も考えられます。
※塩入経由の道の要所にあたる満濃池を空撮した様子を以下の動画で公開していますので、こちらもぜひご覧ください。

 

標石が立っている場所

まんのう町三豊市境標石_黒川駅との位置関係

〇で囲った地点がJR黒川駅で、郡界石・標石の観察は公共交通機関でのアクセスも可能ですが、列車の発着本数は一日5往復程度と非常に少ないです。

この自然石の標石は、行き先を示すだけの存在ではありません。山越えの近道ではなく、塩入を経由する迂回路が選ばれていたこと、そしてその選択が多くの人に共有されていたことを、石に刻まれた文字は静かに伝えています。 郡界石が「線」を示すものだとすれば、この自然石標石は「流れ」を示す存在です。人が歩き、立ち寄り、道を選んだ結果として残された痕跡こそが、この石の価値なのだと思います。

※近隣地域にある郡界石に関して、以下リンクの記事でご紹介していますので、こちらもぜひご覧ください。

【香川県三豊市財田町】かつての道と人が目指したものを読み解ける仲多度郡と三豊郡をわけた「郡界石」

 

【「まんのう町三豊市境標石」 地図】

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この記事を書いた人

四国遍路案内人・先達。四国八十八ヶ所結願50回、うち歩き遍路15回。四国六番安楽寺出家得度。四国八十八ヶ所霊場会公認先達。 高松市一宮町で「だんらん旅人宿そらうみ(http://www.sanuki-soraumi.jp/)」を運営。