高知県の山中に立つ「杉の大杉」は、長い年月を生きる中で、自然だけでなく人の想いとも深く結びついてきました。その象徴のひとつが、伝説の歌手「美空ひばり」との不思議な縁で、そのエピソードを物語る音楽碑が設置されています。

杉の大杉のそばには、この巨木と深い縁を持つ歌手「美空ひばり」の音楽碑があります。
※「杉の大杉」に関しては、以下リンクの記事でご紹介していますので、こちらもぜひご覧ください。
【杉の大杉】高知県山中に受け継がれる多くの人々に大切にされてきた巨木
若き日の美空ひばりと杉の大杉の縁

当地での交通事故から年月を経た後、杉の大杉と美空ひばりの縁を伝える広場が整備され、完成後に本人が訪れた際に撮られたと伝えられている写真は、若き日の姿とともに、この地との関わりを今に伝えています。
高知県大豊町にある「杉の大杉」の近くの広場に置かれた石碑には、1枚の写真が掲げられています。そこに写っているのは、美空ひばりと杉の大杉、そして現在この場所に立つ石碑です。
写真に残る彼女は若々しく、国民的歌手として広く知られる後年の姿とは、どこか違った印象を受けます。この写真は、若い頃の事故から年月を経た後、杉の大杉の周辺が整備された際に、美空ひばりがこの地を再訪した時のものと伝えられています。彼女と杉の大杉との縁を象徴する1枚として、大切に掲げられてきました。
語り継がれている話によれば、美空ひばりは全国巡業で高知県を訪れていた14歳の時に当地で交通事故に遭い入院しました。無事に回復後、この杉の大杉を訪れて怪我回復の御礼と歌手としての成功を祈願したとされています。やがて大きな成功を収めた彼女の人生と、この場所での出来事は重ね合わされ、現在まで記憶されてきました。
山中に響く歌声という演出

美空ひばり音楽碑は、ボタンを押すと歌声が響くようになっていて、杉の大杉と美空ひばりの縁を後世に伝えるため、この場所に設けられています。
音楽碑の前には3つのボタンが設けられており、そのいずれかを押すと、スピーカーから美空ひばりの歌声が流れ出します。その音量は決して控えめではなく、静かな山あいの空間に大きくこだまするほど響き渡り、初めて体験すると少し驚くほど印象的な演出です。
一方で、近隣には人の暮らしもあることを考えると、演奏する時間帯や回数には心配りをしたいと感じる場面でもあります。稼働時間などの案内は見当たりませんでしたが、周囲の空気に目を向けながら楽しみたいところです。
無言で立ち続ける巨木と、時代を越えて響く歌声。視覚だけでなく聴覚を通しても、この場所が重ねてきた物語を感じ取れる仕掛けとなっており、杉の大杉と美空ひばりの縁をより強く印象付けます。
時代を越えて受け継がれる想い

美空ひばりの歌の歌詞が刻まれた音楽碑の左隅の作詞者に注目すると、昭和の歌姫・美空ひばりと、現代を代表する作詞家・秋元康氏が、この場所で静かにつながっていることがわかります。
美空ひばりの代表曲といえば、誰もが自然と思い浮かべる「川の流れのように」だと思います。その歌の歌詞が刻まれた音楽碑をよく見ると、そこには作詞を手がけた秋元康氏の名が刻まれています。
昭和を象徴する歌姫・美空ひばりと、平成・令和と時代を横断して活躍する作詞家のふたりの名前が並んで記されている光景は、この場所が単なる記念碑の設置場所ではなく、時代を超えたストーリーであることを物語っています。
杉の大杉は、巨大な自然物であると同時に多くの人の祈りや願い、そして記憶を静かに受け止めてきました。美空ひばりが若き日の事故からの回復を願った想い、歌声として全国に広がった感謝の気持ち、そしてそれを形として残そうとした後世の人々の行動、そのすべてがこの一本の杉を中心に重なっています。
時代が移り変わり、文化の形が変わっても、杉の大杉は変わらずここに立ち続けています。なぜこの場所が、これほど多くの人の心に残り続けてきたのか。杉の大杉と美空ひばりの関係をたどることで、その答えの一端が、静かに見えてくるように感じられます。
※歌手ゆかりの場所と歌声が流れる歌碑のひとつを、以下リンクの記事でご紹介していますので、こちらもぜひご覧ください。
【「杉の大杉 美空ひばり音楽碑」 地図】










