高知県大豊町にある天然記念物「杉の大杉」は、日本を代表する巨木のひとつです。二本の杉が寄り添い、根元で一体化した姿は、古くから信仰の対象として守られてきました。

「杉の大杉」は1本でも圧倒される大杉が2本並び立つことで存在感がいっそう際立ちます。
「杉の大杉」の近づくほどに実感する大きさ

杉の大杉は、八坂神社の境内という静かな空間に立っていて、ふもとや駐車場からその姿は見えず、鳥居をくぐり、木々に囲まれた参道を進むにつれて、少しずつその姿が視界に入ってきます。
杉への距離が縮まってくると、写真では伝えきれない幹の太さがはっきりとわかるようになります。
「杉の大杉」の概要・価値・由来

杉の大杉の案内板には、樹齢や文化的価値についての説明が記されています。
「杉の大杉」とは少し違和感がある名称ですが、この場所の住所が「大豊町杉」で、「杉」と言う地区にある「大杉」という意味です。
ここに立つ2本の杉は、いずれも樹齢数千年とされ、高さはおよそ60m前後、幹回りはそれぞれ20m近くに及ぶと記されています。1本でも十分に巨木と呼ばれる規模ですが、それが2本並び、しかも根元で一体化している点が、この大杉の最大の特徴です。
文化財として保護が行われてきた歴史

杉の大杉の目の前に立つと、まず圧倒されるのはその大きさです。
視界の大半を占める幹の存在感は強く、写真や数値で事前に知っていても実物を前にすると印象は大きく変わりました。誰もが思わず立ち止まって見上げてしまう、ここでは多くの人々が同じ行動を取るのではないでしょうか。
そのまま視線を大きな標石へ移すと、記載内容の中に興味深い表記があることに気付きます。そこに刻まれている「天然紀念物」の文字です。現在一般的に使われている「天然記念物」ではありません。これは誤記ではなく、指定当時の表記をそのまま用いているためです。

「特別天然紀年物」の表記に、杉の大杉が史蹟名勝天然紀念物保存法の時代から継続して守られてきた存在であることがわかります。
杉の大杉が指定されている「天然記念物」は、現在では文化財保護法に基づく区分ですが、指定当時は史蹟名勝天然紀念物保存法という別の法律のもとで保護されていました。この法律は大正8年(1919)に制定され、日本で初めて本格的に文化財を体系的に守る仕組みを整えたものです。ここで使用されている「紀念物」という表記も、その時代の公用字体によるものです。 戦後、昭和25年(1950)に制定された文化財保護法において制度が再編され、「天然記念物」は学術的価値の高い動植物や地質を保護する区分として位置付けられました。杉の大杉もこの流れの中で保護が継続され、現在まで守られています。指定の枠組みは変わっても、その価値が連続して評価されてきたことがわかります。
この1本(実際には2本)の杉は、自然そのものとしてだけでなく、日本の文化財保護の歴史を静かに語る存在でもあります。
今も続く人と杉の大杉の関係

杉の大杉を佇む静かな空間に、私が訪問時は補修のための足場が組まれていて、今も保全活動が続けられていることがわかります。
杉の大杉の周囲は整えられており、この木が今も大切に扱われていることが伝わってきます。訪れた時には足場が組まれ、補修や点検といった保全作業が行われていました。それは単なる観光施設の整備ではなく、長い年月を生きてきたこの木を、次の時代へと引き継ごうとする意思の表れのようにも感じられます。 杉の大杉が見事な生命力を持つ巨木であることは、誰の目にも明らかです。しかし同時に、自然だけに任せて存在してきた木ではないこともわかります。信仰の対象として、文化財として、そして地域の象徴として、昔も今も時代ごとに多くの人の手と想いによって守られてきました。この場所に立つと、杉の大杉が人々の暮らしや祈りと深く結びついた存在であることが、静かに伝わってきます。
杉の大杉は、その存在のありがたさを生涯想い続けた、ひとりの大物歌手によって全国へと広く知られることになります。その人物と当地にまつわるエピソードについては、次の記事であらためて触れてみたいと思います。
※杉の大杉と大物歌手のエピソードに関して、以下リンクの記事でご紹介していますので、こちらもぜひご覧ください。
【美空ひばり音楽碑】杉の大杉に刻まれた伝説の歌手「美空ひばり」の祈りと歌声
【「杉の大杉」 地図】










