【ミニベロ遍路結願】2020年9月29日~10月28日(30日間)の感想

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四国八十八ヶ所霊場巡礼の最後となる88番札所大窪寺での参拝を終え結願を果たすことができた。その日の宿に着いた直後のフィーリングを書き残しておくことにする。

 

お遍路をするのはどういうことなんだろう?

ミニベロ遍路 大窪寺結願

88番札所大窪寺で記念の一枚

88番札所大窪寺でついに四国八十八ヶ所霊場巡礼の結願を果たした。本堂と大師堂におまいりし、丁寧に最後の参拝を済ませた後に宿へ向かった。宿までの道のりはどんな道を通ったのかあまり憶えていない。これまでの道中で身の回りに起こったことを思い出していたのか、それとも若干放心状態になっていたのか、それすらもあまり明確に思い出すことができない。宿に着いたところで、その瞬間の気持ちを記しておくことにした。

今(2020年10月28日)からちょうど1ヶ月前(2020年9月29日)にミニベロ遍路をスタートした日、もしくはその以前に今回のミニベロ遍路を行うと決めた時からだろうか、四国八十八ヶ所霊場最後のお寺である88番札所大窪寺に到着してこの旅が終わる瞬間に一体何を感じるのかと思いを巡らしていた。何か特別なものを感じるのかな、感極まってしまうのかな、などとその時には当然わからない答えをなんとなく想像の範囲で考えたりしていた。旅の途中でも、つらい時や楽しい時、全ての瞬間が積み重なっている最中も、このゴールした瞬間に何かが変わることを期待していたのかもしれない。

ところが、実際に88番札所にて結願した時、何も大きな感情の揺さぶりがないこと、むしろ何か特別なものを感じなかったことにショックを受けた。通常通り本堂でお参りをし、大師堂で弘法大師さんへもお参りをした、そして何か特別なものを感じるのかもしれないという期待がしばらくお寺の境内に私を留めた。随分長い間、お寺の境内をウロウロしてみた。しかし、どれほど長くさまよってみても、そこでは大きな気持ちの変化が起こることはなく、行き場を無くしたかのような私はとりあえず宿に行くことにした。

宿に着いたのが午後3時。女将さんに「早かったですね、1番札所まで行かなくてもいいんですか?下りなのですぐいけますよ!」と言われた。「いや、今日はこの88番札所の隣で泊まって色々考えます」と答えた。
部屋に案内されて、畳の上に寝転がった。なんで何も感じないのかなー、とそれについてじっくりと考えてみた。頭の中は、ひとつの旅が完結を迎えたことを理解しながらも、一方で、これから次の日もその次の日もまだ自転車で走り続けることを考えてた。なにかを完結したという達成感をまったく感じることができないのはいったいどういう意味なんだろう、と、その不思議な感覚についてひたすら考えてみた。
でも、これもまたお遍路のひとつの終わりの形なのだろう。お遍路のおかげで自分の人生について毎日のようにいろんなことを考え、これからどうやって自分が幸せになれるように毎日を生きてゆけばいいのかを考える時間だったのかもしれない。それはドラマチックなものでもなく、ただとてもとても大切で必要なことだったのかもしれない。なにかを完成した、というよりも、さぁここからだ、という未来の方角へ向かう小さな刺激をくれた旅だったように感じる。この旅をすることがなかったら、もしかすると今感じている気持ちが訪れてなかったのかもしれない。この旅の完結を通じどのように自らの人生が変わっていくのか、楽しみに思う。ドラマのように感動の涙や気持ちの大きな変化を得るような効果がすぐに出ることはないと思うけど、じわじわと毎日の生活に現れてくることには確信を持っている。今回感じたショックは決してネガティブなものではなく、むしろ少なくとも前向きなものであったことは間違いなかった。

たくさんの人に、人生で一度でも良いのでお遍路を経験していただきたい気持ちだったことを記しておきたい。

 

追記:

88番札所での結願を果たした翌日、四国一周を一筆書きで終わらせようと1番札所霊山寺へ向かった。
1番札所へ到着した時の気持ちは、またなんだかとても複雑なものだった。1ヶ月前に同じお寺で参拝した時の記憶が蘇った。初日のその日は、この場所からどのような旅が待っているのか、想像してみたが明確に広がるものがなく、同時に不安な気持ちもたくさん持っていたように思う。
自転車を1番札所の駐輪場で停めて、本堂と大師堂で四国一周完結の報告と感謝の気持ちを伝えるために参拝をした。ここまで無事に帰ってこられるように守っていただいて、ありがとう、と長く祈った。

四国の魅力、四国の人々の親切さ、雄大な自然の豊かさ、ミニベロという小さな自転車でこの島を走るうちに様々なことを学んだ。四国にお遍路があるからこそ、外からの人を温かく受け入れることが何百年もの間に地元の人の文化や伝統として根深き、そしてそれがいまだ現代にも色濃く残っている。
疲れてつらいときは地元の人の温かい心に救われた。感謝しかない。この四国の旅の素晴らしさを多くの方々に知ってほしい。ぜひ、人生で一度、四国遍路の旅をしてみてほしい。人によってそれぞれ異なった形かもしれないが、そこには他ではなかなか得ることのできない特別な体験が待っている。

この記事を書いた人

VozErika