【阿佐海岸鉄道「DMV(Dual Mode Vehicle)」】四国最小の鉄道事業者に間もなく登場する世界初の乗物

四国八十八ヶ所を順打ちで進んだ場合、徳島県の次は高知県に入ります。その県境の街にある僅か8.5kmの小さな鉄道をご存知でしょうか。国鉄の置き土産ともいえる小さな鉄道事業者は今、変革期を迎えています。

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阿佐海岸鉄道 車両 行先表示

僅か三駅・8.5kmの小さな鉄道事業者が「四国の右下」にあります

 

国鉄阿佐線の置き土産

徳島県東南部 鉄道路線図

四国の右下の鉄道路線図

こちらの部分を注意深く観察すると、興味深い点がいくつも見えてきます。

①JR牟岐線(むぎせん)は海部駅(かいふえき)まで
②そこから三駅、阿佐海岸鉄道になっている→番号こそ続きであるものの、駅ナンバリングのイニシャルが「M」から「AK」に変化
③AK30の甲浦駅(かんのうらえき)が県境を越えて高知県に入っている
④西からは土佐くろしお鉄道が東進してきているけれど、奈半利駅(なはりえき)まで
ほか

室戸岬部分の空白は、鉄道開通を果たせなかった「国鉄阿佐線(あさせん)」。阿波から土佐を海岸周りで接続する路線として計画されたもの。
全通に向けて徳島・高知各方面から建設が進められましたが、昭和後期の国鉄再建法によってまだ完成しておらず実際開業しても集客の見込みが薄い阿佐線は、昭和55年(1980)12月に工事中止(高知県側は翌56年12月)。甲浦から奈半利の間は、事実上未開通が決定しました。

その後各県や沿線自治体が主導して完成していた部分や工事を引き継ぎ、第三セクター方式で鉄道開業。

阿佐東線(あさとうせん)…海部-甲浦、8.5km、平成4年(1992)3月開業→阿佐海岸鉄道
阿佐西線(あささいせん)…後免-奈半利、42.7km、平成14年(2002)7月開業→土佐くろしお鉄道(ごめん・なはり線)

 

見所多数の阿佐西線(ごめん・なはり線)

土佐くろしお鉄道 車両

阿佐線のうち、開通した阿佐西線部分で運行されるごめんなはり線の展望デッキ車両

高知県側のごめん・なはり線については、そこそこの路線長があり沿線に安芸市など大きな街がある。お遍路さん的には、第27番神峯寺(こうのみねじ)は同線の「唐浜駅(とうのはまえき)」が登山口になります。
モータリゼーションが完全に普及した21世紀になってから開業した鉄道ながら、高校生が安芸市から高知市などへ通学が可能になる等、住民・観光客の輸送ニーズに応えて運営は堅調に推移しています。

 

厳しい経営が続く阿佐東線(阿佐海岸鉄道)

阿佐海岸鉄道 海部駅

海部駅で発車を待つ阿佐海岸鉄道の列車

徳島県側の阿佐海岸鉄道というと、これがなかなか厳しい。
路線が8.5kmと短く沿線に都市が無ければ、そもそも人口が少ないエリア。美しい珊瑚礁の海など観光資源はあるにはありますが、ここまでの距離が県都・徳島市から約100kmほどあり、その多くの区間で高規格道路が未開通。公共交通機関(=牟岐線)を利用しようにも便数が少ない上、単線のため退避などの待ち時間が長く時間がかかる。
同社は開業以来黒字を計上したことがなく、全国にあるJR以外の鉄道事業者の中で収支は最低。いつ廃線になってもおかしくない状態になっています。

宍喰駅 伊勢えび駅長

宍喰駅の駅長

乗客誘致のため、

宍喰駅 南方系の生物

宍喰の海で獲れる魚たち。徳島もここまで来ると南方系の海

伊勢えび駅長や、

阿佐海岸鉄道 車内LED照明

数パターンあるイルミネーション列車

トンネル区間が多いことを利用したイルミネーション列車など各種イベント列車を走らせていますが、いかんせん10分少々で全区間走破してしまう線内でできることは限られてしまいます。

明るい話題というわけではありませんが、

阿佐海岸鉄道 高千穂鉄道の名残

上部プレートの下地の字に注目

「ASA-101しおかぜ号」「ASA-301たかちほ号」と二両在籍する列車のうち、一両はその名が示すように宮崎県の高千穂鉄道(たかちほてつどう)由来の車両。車両製造年を示すプレートをよく見ると「阿佐海岸鉄道」の下に「高千穂鉄道」と印字されていることがわかります。

高千穂鉄道

路線が被災して廃線になった高千穂鉄道

こちらはこちらで平成17年(2005)9月に当地を襲った台風14号による大雨のため、鉄橋や路盤等を流出。復旧されることなく廃線になりました。在籍していた車両は「ASA-301たかちほ号(旧TR200型)」のように四国へ渡って第二の人生を歩むものや、現地で車両を改造して列車内に泊まることができる宿泊施設になっているもの等、様々です。

私の個人サイト「そらうみ旅犬ものがたり」に、こちらの列車ホテルに宿泊した時の記事があります。
在りし日のローカル線を感じることができる列車宿<ひのかげTR列車の宿/宮崎県日之影町>→http://soraumi-doggie.com/trressyanoyado/

 

宍喰駅

宍喰駅

宍喰駅(ししくいえき/徳島県海陽町)

徳島県最南端、阿佐海岸鉄道(あさかいがんてつどう)の中間駅。路線はもう一駅、県を越えて高知県東洋町の甲浦駅(かんのうらえき)まで運転されています。

「海部(かいふ)-宍喰(ししくい)-(徳島県←→高知県)-甲浦(かんのうら)/8.5km」

阿佐海岸鉄道の事務所や車庫があり、本社機能を有する駅がこちら「宍喰駅」
駅舎にも車両と同じようにイルミネーションが設置されています。これは想像ですが、イルミネーションに用いるLED球は、同県阿南市に拠点を置く「日亜化学」さん発祥のもの。社長さんはご夫婦で第85番八栗寺(やくりじ)などいくつかの寺院で寄付を行われている篤志家さんなので、ここでも関係があるかもしれません。

阿佐海岸鉄道ホームページ →年間イベントのページで宍喰駅にイルミネーションが灯されている姿を見ることができます。
http://asatetu.com/annual_event

宍喰駅 高規格路線

足高の高架路線に路線誕生の悲話あり

路線の大部分が直線、遮る山は全てトンネルで貫通。全て高架線になっていて踏切はありません。
運行本数や乗車人員を考えると相当なオーバースペックですが、これこそが国鉄の置き土産。戦後、国鉄線の建設を担った日本鉄道建設公団(鉄建公団)によって、阿佐線は都市間を結ぶ急行や特急が高速運転を行うことができる高規格で建設が進められました。この場所は設計上の最高速度は85km/h。阿佐線の区間によっては110km/h運転が可能な区間も存在します。

阿佐東線は「海部-宍喰」間のレールの敷設が完了するところまで完了していましたが、県境を越えて甲浦まで一括開業を目指して鉄道建設を進めているところで工事凍結が告げられ、国鉄線としては未開業に終わりました。

「ここまでできているのだから…」
地域の方々や自治体の心情的な部分も手伝って鉄道を開業することができたけれど、今となってはその税負担は決して小さいものではなさそうです。

 

鉄道高架上から眺める宍喰浦

宍喰駅 宍喰市街地眺望

左手に見える建物が、地域のランドマークになっているホテルリビエラししくい

高架線上を走るため、トンネル以外の区間はとても眺めが良い。海部駅から宍喰駅の間は進行方向左手を眺めると、明るい太平洋や沿線最大の街である宍喰の市街地を眺めることができます。

宍喰は高知県と接する県境の街。藩政時代は宿場のほか関所や狼煙台(のろしだい)が置かれ、阿佐國境の警備が行われていました。
また太平洋に面する地域で津波常襲地帯であり郷土史を参考にすると、江戸時代には大規模なものだけで「慶長の震潮(1604)」「宝永の震潮(1707)」「安政の震潮(1854)」と数千人が被災したことが記録されています(※震潮→なえしお)。
写真の右手奥に津波避難タワーが見えています。有事の際は、宍喰駅や阿佐海岸鉄道の高架橋が避難所として機能することがあるかもしれません。

この先、宍喰駅から甲浦駅の区間は長いトンネルをくぐって出るだけで、見所に乏しい区間です。

 

鉄道開業当時の観光案内図

宍喰駅 古い周辺案内図

「この地図は平成初期のものです」

おそらく平成の始めに鉄道が開通した時のものと思われます。
これはこれで歴史好きな自分のような人種にとってはお宝級の地図ですが、標石と同じ原理で鉄道開業当時の街の様子を知る手掛かりとしてご覧ください。

「国民宿舎みとこ荘」…現存しない
「船津キャンプ場」…現存。これを見て行けるほど容易なアクセスではない
「竹ヶ島キャンプ場」「ふれあい木もれ陽の森」…閉鎖
ほか

 

世界初の乗物の導入

阿佐海岸鉄道 DMV導入予定 工事看板

道路と線路を走ることができる、新しい乗り物が間もなく運転を始めます

少々黒歴史交じりの阿佐海岸鉄道周辺の話題ですが、光明といえる話題があります。

令和2年、同線と周辺道路を周回する「DMV(Dual Mode Vehicle)」の導入が決定。運行に向けて準備が進められています。

形状はバスでタイヤが4つ付いていますが、車体下部に車輪も備えられており線路上も走ることができる。これまで日本各地や全世界で、実用化に向けて研究や試走が行われた新しい乗り物ですが、いずれも実用化には至りませんでした。
それが阿佐海岸鉄道で実用化の目途がつき、間もなく走行が開始されます。その時期は昨今の新型コロナウイルスの蔓延が発生したことにより詳細な運転開始日は未定となっていますが、世界で前例がない乗物が走っているのを徳島県の一番南で見ることができる日は、もう間もなくです。

DMVの利点を一つ挙げるとすれば「線路を走れる」ことで「定時性が保たれる」ことにありますが、国道55号の並行区間は信号機があまり無く渋滞することは滅多に無いのでその点でのメリットは疑問ですが、そこは「実用化第一号」ということで実験線のような意味合いがあるものと想像します。国鉄の置き土産は形を変えて人類に寄与しようとしています。

現状は海陽町・東洋町の周回ルートが計画されているようですが、将来的には乗り換えなく室戸岬に行くことができれば観光やお遍路さんにも大きな助けになるのではないでしょうか。
遍路道中は歩く目的の方もいらっしゃるので、DMVを利用することはそれぞれの想いによるところ。けれど阿佐海岸鉄道は多くの部分で遍路道と並走しているので、遍路道中でDMVの姿を見かけることがありそうです。

阿佐海岸鉄道ホームページ→お知らせ「2020年2月1日◆ DMV(デュアル・モード・ビークル)を知っていますか?」
http://asatetu.com/archives/1979

 

なお、道路から線路にDMVが乗り入れる(もしくは退出する)地点について、南側は甲浦駅。北側は海部駅ではなく「阿波海南駅」になります。これは海部駅の構造が高架駅なので、インターチェンジを作るために大掛かりな工事が必要になるためとされます。
それに伴って阿佐海岸鉄道の始発駅は「海部駅」から「阿波海南駅」に路線延長。1.5km距離が増えて営業距離10.0kmになり、二桁大台に乗ることになります(その分、JR牟岐線の営業距離が1.5km短くなる)。
路線の減った増えたは鉄道ファンが気になる程度の話題ですが、阿波海南駅は近くに海陽町役場や海部高校があり、元より海陽町の玄関口と言える存在。近隣では最も利用者が多い駅なので、新時代に突入するターミナル駅としては相応しい地であるように思います。

 

宍喰市街地から歩いて県境を越える古道峠道があり、その道の様子を以下リンクの記事でご紹介していますので、こちらもぜひご覧ください。

【古目大師(こめだいし)】宍喰住民による涙の別れと徳島県最南所に位置する霊場

 

【「阿佐海岸鉄道 宍喰駅」 地図】

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この記事を書いた人

四国遍路案内人・先達。四国八十八ヶ所結願50回、うち歩き遍路15回。四国六番安楽寺出家得度。四国八十八ヶ所霊場会公認先達。 高松市一宮町で「だんらん旅人宿そらうみ(http://www.sanuki-soraumi.jp/)」を運営。