崇徳上皇の遺体が20日あまり漬けられ、亡くなられたときと変わらなかったと伝えられる野澤井。倭健命の息子である讃留霊王が悪魚退治の際に負った傷をこの泉の水で癒やしたと伝えられる霊泉で、野澤井と言うのはこの場所の古い呼び名。一般には八十場井(やそばい)と呼ばれている。


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