四国遍路情報サイト「四国遍路」
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土佐街道沿いに置かれた標石【阿波驛路寺「打越寺(うちこしじ)」門前】

スポンサーリンク   第23番薬王寺(やくおうじ)から第24番最御崎寺(ほつみさきじ)は、札所間距離第二位の約80km。阿波から土佐へ続く土佐街道沿いに置かれた標石が、旅人・遍路が休息した寺院の前に残されていま
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山中に潜行したキリシタン大名【別格7番札所「金山出石寺」への遍路道】

南予は海を隔てて九州と向き合う位置柄、そちらからの影響を多分に受けてきた地域です。別格7番札所出石寺へ向かう遍路道で見ることができるキリシタン史跡は、旧領奪還の夢が儚く散った、公家出身の戦国大名ゆかりの場所です。 &nb
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今と昔で与える情報が異なる標石【22番札所「平等寺」→23番札所「薬王寺」】

Y字になっている交差点のどちらへ進んでも阿波國最後の札所になる第23番薬王寺に行くことができますが、それぞれ道のロケーションは大きく異なります。そんな分岐点に中務茂兵衛標石が残されています。
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仏像が刻まれた中務茂兵衛標石【16番札所「観音寺」近く】

徳島市内には四国八十八ヶ所の札所が五ヶ寺あり、いずれもほど良い距離間隔で位置しています。そんな五ヶ所まいりの後半、第16番観音寺近くの四つ辻に中務茂兵衛標石が残されています。
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四万十川最後の渡しは今も細々続いているようです【37番札所「岩本寺」→38番札所「金剛福寺」】

人は川や海の上を歩くことはできません。昔の四国遍路は、四国各所の水辺で渡し舟を利用していました。四国第二の大河・四万十川(渡川)を渡る際も同様。四万十川で最後まで残った河口の渡し舟は、かつてお遍路さんも利用していました。
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四万十川渡し場分岐に残された中務茂兵衛標石【37番札所「岩本寺」→38番札所「金剛福寺」】

高知県の第37番岩本寺から第38番金剛福寺への約90kmの道のりは、その札所間距離自体が難所といえるほど離れています。四万十川河口に近いこの地点は、かつて難所であったであろう「川渡し」を超えた先にある三叉路。中務茂兵衛標
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五台山の麓に残された標石は、京都の中心で暮らす人物によるもの【31番札所「竹林寺」近く】

第31番竹林寺がある五台山から下山した地点。五台山小学校の角に金枠で補強された中務茂兵衛標石が残されていますが、石に刻まれている情報を読み解くと、京の中心で暮らす人物の寄進であることがわかります。
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結願へカウントダウンの地に立つ標石【87番札所「長尾寺」→88番札所「大窪寺」】

四国八十八ヶ所霊場を全て回ることを「結願(けちがん)」と言いますが、第1番霊山寺から巡拝を始めた場合の結願の寺は、第88番大窪寺。その結願へ向けた道の途中に、こちらの標石はあります。
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伊藤萬蔵×中務茂兵衛合作の標石【28番札所「大日寺」→29番札所「国分寺」】

かつて土佐国府が置かれた南国市では、第29番国分寺周辺を中心にいくつかの中務茂兵衛標石を見ることができます。こちらの標石は、当時の遍路界における第一人者らの合作によって建てられたものです。
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